(1)歌舞伎の演技・演出用語。文字どおり髪をくしけずることであるが,舞台で演技として行われるときは,特殊な局面に定まっており,特別の意味を担う類型の表現様式となる。2系統があるが,いずれの場合も音楽の伴奏を伴うのが特徴。(a)女が愛する男の髪を梳いてやるもの。男女のこまやかな情愛を表し,哀愁に富む情緒をかもし出す効果がある。もと《曾我物語》にある大磯の虎と十郎との髪梳きが,江戸歌舞伎の曾我狂言の中で洗練され,〈不破名古屋〉の狂言の葛城(かつらぎ)と不破伴左衛門にも使われて,繰り返し演じられた。権八と小紫,三千歳と直侍などの濡れ事にもこの局面があり,見せ場の一つになっている。(b)女性がひとりで髪を梳くもの。嫉妬事の典型的な演技の一つで,嫉妬の念に狂った女性が演ずる。これは,嫉妬に狂う女の髪はおのずと逆立つという中世以来の心意伝承を踏まえ,髪を梳くことによって嫉妬の激しい怒りを表現する技巧。《大商蛭子島(おおあきないひるがこじま)》の辰姫の髪梳きは,めりやす《黒髪》を伴奏とすることで有名。《東海道四谷怪談》のお岩の髪梳きは,めりやす《瑠璃(るり)の艶(つや)》を伴奏に,これが一場の通称になるほど重要な演技局面である。これも嫉妬事の伝統の延長線上にある。
→曾我物
執筆者:服部 幸雄(2)地歌の曲名 (a)《髪梳曾我》の略称。二上り半太夫物。(b)《髪梳十三鐘》の略称。《十三鐘》(近松門左衛門作詞,湖出金四郎作曲,山本喜市改曲の三下り芝居歌)の詞章をもじって,髪梳曾我のことをつづり,《十三鐘》の替歌としたもの。(c)《紙屋治兵衛髪梳き》の略称。本調子繁太夫物。一中節《小春髪結》にもとづく。富岡検校らが弾きはやらせた。〈黒髪の……〉の歌い出しから取ったものを,とくに《黒髪》ともいうが,江戸長唄めりやすと共通する端歌物の《黒髪》とは別曲。
→黒髪 →小春 →心中天の網島
執筆者:平野 健次
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…上巻の河庄の段の一部を取り入れた地歌としては,富岡検校作曲の繁太夫物《紙治》(《河庄》とも),中巻の時雨炬燵の段の一部を取り入れた宮薗節に,《情の二重帯》の《小春治兵衛炬燵の段》(略して《小春》とも),中巻と下巻の間に当たるものに,一中節《小春髪結》(略して《小春》とも)があって,心中を決意した小春に髪結のお綱が意見をする。地歌の繁太夫物化もされて《髪梳き》とも題する。下巻の名残の橋づくしをそのまま地歌化したものに,富岡検校作曲あるいは改曲の繁太夫物《橋づくし》があり,その道行のあとは一中節《天の網島》が受けている。…
…大切で,一軸から抜け出した鯉魚を追って与右衛門が鯉つかみを演ずる。お国御前が憤死する場面の〈髪梳き〉は《東海道四谷怪談》に受け継がれ,明治期まで改作され上演されてきた。【郡司 正勝】。…
…桜,梅,紅葉などの〈釣枝(つりえだ)〉を舞台の上から吊り下げたり,灯入りの月を出す大道具のくふうもある。また,鬘に〈がったり〉といって髷(まげ)の根が落ちて形が崩れる仕掛けや,《東海道四谷怪談》の〈髪梳き〉で使われる,髪が抜け落ちる仕掛けなどがあり,衣裳に〈引抜き〉や〈ぶっ返り〉の仕掛けがある。大道具には,〈屋体くずし〉や〈煽り返し(あおりがえし)〉の特殊技法のほか〈提灯抜け〉〈仏壇返し〉などの仕掛けも行われている。…
…錦木を身請けしたあと,礼三郎は鉄ヶ嶽を殺したと思い込み,錦木との心中を決行しようとするなど,筋は複雑であるが,最後は敵側の悪事が露顕し万事めでたくおさまり,岩川ともうひとりの味方の力士千羽川の2人に〈千両千両二幟〉を揚げたことから,本題名がつけられた。二段目の〈髪梳き〉と〈相撲場〉が有名で,現在ではこの場だけが歌舞伎でも上演されている。金策に悩む夫岩川の髪を梳きながら,事の真相を探ろうとする女房おとわの悩みは,〈髪梳き〉という演出の典型的な様式美で表現され,最も情緒ある場面となっている。…
…伊右衛門は高家への仕官を条件にお梅との縁組みを承知する。相好の変わったお岩は宅悦から真相を聞き,隣家へ恨みを言いに行くべく髪を梳(と)かすうち髪が抜け落ちて化物の顔になって死ぬ(髪梳き(かみすき))。伊右衛門は小平を殺し,お岩の死骸とともに戸板の裏表に釘付けにして川に流す。…
…天明・寛政(18世紀末)ごろから写実的な要素が強まり,化政期(19世紀初頭)にはかなり卑猥なシーンも上演され,さらに幕末期には相当きわどい場面も演じられたというが,明治に入っての文化政策により影をひそめた。濡れ事には〈髪梳き〉が一つのパターン化された演出となり,愛する男の髪を女が梳くシーンが性愛表現の一つとして定着した。また浄瑠璃では〈クドキ〉によって,女性が男性に感情を訴える演出もある。…
※「髪梳き」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
「歓喜の歌」の合唱で知られ、聴力をほぼ失ったベートーベンが晩年に完成させた最後の交響曲。第4楽章にある合唱は人生の苦悩と喜び、全人類の兄弟愛をたたえたシラーの詩が基で欧州連合(EU)の歌にも指定され...
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