団三郎・鬼王の兄弟は,曾我十郎・五郎の従者として知られている。ただし,鬼王・団三郎は能や歌舞伎の曾我物での呼称であり,《曾我物語》では鬼王丸・丹三郎(真名本),鬼王・道三郎(仮名本)である。幼少のころより曾我兄弟に仕え,片時も離れず付き従っていたと《曾我物語》にあるが,実際に物語中に登場するのは後半になってからのことであり,2人の登場には不審な点がある。鬼王・団三郎は,富士の狩場へ仇討に向かう曾我兄弟に同行し,兄弟の形見を曾我の里へ届けると同時に,兄弟の最期のありさまを知らせる役目をも担っていた。真名本では,後日譚として兄弟の母と虎御前が箱根権現へ向かうおり,馬の口を取り2人に兄弟の思い出を語って聞かせたこと,また箱根の別当より戒を授けられ山々寺々を修行し,曾我の里へ帰って大往生を遂げたことが記されている。一方,仮名本では,形見を届けると高野山に上り曾我兄弟の後生を弔ったという。曾我兄弟の物語の語り手として,盲女が《七十一番職人歌合》や能《望月》の例から知られているが,この鬼王・団三郎は曾我兄弟の物語の男語りの担い手に擬せられている。旧臣を自称し,異常な長命を保ち,亡き主人の事跡を語り,その菩提を弔いつつ回国する語り手たちの例は数多くある。有王や斎藤五・斎藤六の類である。鬼王・団三郎の語り手としての面影を《曾我物語》の記述の中に認めうるばかりでなく,曾我兄弟の遺骨などを携えて回国していた複数の鬼王・団三郎の足跡が,寺社の縁起などに付随して日本全国に点在しているのである。
→曾我兄弟
執筆者:西脇 哲夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...
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