口頭的言語活動の一種。動詞カタルの名詞形。カタルはイフ(言),ツグ(告)などの平常の発話とは異なって,始まりと終りのある方式のととのった物言いをいう。その語源は不明だが,型,象(かた)に関係づける説があって,物語を順序だてて述べることとも,出来事を模して述べることとも解されている。また,ノル(宣),トナフ(唱),ウタフ(歌)など,語義の隣接する語の用法を比較して,これらが話者の一方的な発話であるのに対して,カタルは聞き手を意識し,その期待,要求,疑問に答えて,何事かを説明,解説しようとする性格を持つとされる。カタルは,このような性格から,異性の同意を求めたり,聞き手を信じさせたりする特殊な物言いの意味にもなり,さらに人をあざむく意味(騙(かた)る)にもなったとされる。
元来,語りはどのように行われたかは不明で,推測するほかはないが,一方には語り部の語りごとのような神話的・祭式的な語りがあり,他方には昔話のような語りがあるといった,幅広いものであったと考えられる。語りによって伝達される内容は,あらかじめある程度定まったもので,しかもある程度の長さを持ったものであったらしく,その伝達法は,一言半句まちがえずに反復することを求められるものから,定型句をのぞけば,語り手が即興的に変えることのできるものまであったらしい。また,語り手の資格は,特定の社会的地位・能力・出自が要求されるものと,それらがいっさい問われないものとがあったらしい。
これらの古代の語りから《平家物語》のような歴史語りが生まれてくるが,他方《竹取物語》のように文字で書かれた物語も生まれてくる。《平家物語》の語り方は,江戸時代の譜本や今日の伝承から考えると,語る部分である〈語り句〉と,歌う部分である〈引き句〉に大別され,語り句の代表は素声(しらこえ)で,話すような調子である。引き句は節(旋律型)が一定していて,それらの節にはサゲ,マワシ,ユリなどの小さな音型と,それらを合成して作られる口説(くどき),初重(しよじゆう),中音(ちゆうおん),三重(さんじゆう),折声(おりごえ),指声(さしごえ),拾(ひろい)などの大きな旋律型とがある。そこには仏教音楽の声明(しようみよう)の影響もみられるが,すでに固定されたテキストの音楽的な演唱となっているから,古代の語りと,今日でも民間で行われている口承による語りとは,区別して考える必要がある。しかし,《平家物語》が語りの歴史のなかで,文学と音楽との新しい関係を作り上げたことは特筆すべきで,これ以後,語りという語は,さまざまな芸能の演唱法をさすようになる。口頭的な特殊な発話を〈吟誦〉〈詠誦〉〈朗誦〉に区別して考えようとする立場もあるが,語りと称されるものすべてをこの立場から統一的にとらえることはできない。語りの内容は,一般に,叙事的であって,歌の抒情的なのと対比されるが,これも決定的な特質とはいいがたく,語りの内容が叙事的になりがちなのは,始まりと終りのある方式にのっとった物言いの結果であると考えられる。昔話が語られる場合,聴衆の相槌を伴う(アドを打つ,など)のは,本来語りが持っていた相手意識から説明できる。
昔話は,イフ,ハナスとは言わず,カタルというのがふつうで,また昔話のことも地方では単にムカシといい,ムカシコなどという。昔話という語も幕末から明治ころに一般化したことばである。ハナシということばは,室町時代から用いられるようになるが,その語源は〈放(はなつ)〉で,自由な物言いをいったらしい。カタリも首尾があり方式はあるものの,比較的自由な物言いであったが,カタリが《平家物語》のように音楽性を強めると,元来のカタリのような自由な物言いをいう語としてハナスが新しく作られたものらしい。
→語り物 →口承文芸
執筆者:山本 吉左右
日本の声楽において,叙事的な詞章が特定の音楽様式によって表現される楽曲部分,あるいはその様式を〈語り〉という。なお,平曲や浄瑠璃などでは,上記の語りの部分に限らず,演唱することを語るという。語りの実際は,種目や立場,場合によってさまざまで,語るといい,語り物ともいわれるものでありながら,その音楽様式は歌と少しも違わないという例もある。現在伝承されている芸術音楽の中で,語りの要素の強いものとして歴史の古いのは仏教音楽の講式であるが,語りという用語を用いる種目でもっとも古いのは平曲である。すなわち,音楽的に作曲されている部分を〈引き句〉と一括するのに対し,作曲されていない素声(しらこえ)などの部分を〈語り句〉と称する。能では,登場した1人の役が過去の物語を相手役に述べるものであるが,シテの語りとワキあるいはアイ(間狂言)の語りとでは,音楽様式上の違いがある。つまり,シテの場合は,台本上の語りの冒頭から途中までのみを,コトバを中心とした〈語り〉の音楽様式とし,そのあとは拍子不合のフシ(節)を挟んで上歌(あげうた)など平(ひら)ノリの節で作曲することによって音楽的に完結させるのを典型とする。それに対しワキやアイの語りは,台本上の語りの全体を音楽的にも〈語り〉の様式で処理する。いずれの場合も,所作の点からは,動きを伴わない素語りと,写実的な動作を添えながら語る仕方語りとがある。三味線音楽の義太夫節では,時代物において,やはり1人の登場人物が過去の物語を述べる部分がある。これは語りとも物語ともいい,勇壮な合戦のありさまを語る軍物語(いくさものがたり)がその典型である。上述の音楽上の厳密な語りのほかに,歌い物の長唄や地歌などでは,詞章の内容が語りであれば,音楽的には語り様式でなくてもそれを語りと称したり,コトバとして演唱されるせりふを多く含むものを語りということがある。
執筆者:蒲生 郷昭
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…17世紀後半,縁起を重んじて字数を奇数に整える習慣を生じ,七五三の文字数が好んで用いられたが,その結果,無理な造字が行われることもあった。名題の上に添えて内容を示唆する短い対句を〈角書〉,また,看板や番付で,名題の上に,作品の概要を美文調で記したものを〈語り〉と呼ぶ。名題には,作品の趣旨を表す〈大(おお)名題〉,各幕に付ける〈小(こ)名題〉,劇中,出語りで演奏される浄瑠璃などのための〈浄瑠璃名題〉,所作事のための〈所作名題〉,二番目狂言に付ける〈二番目名題〉の別がある。…
※「語り」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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