中国、清(しん)代後期の思想家。字(あざな)は黙深。湖南省邵陽(しょうよう)県の人。1845年(道光25)の進士。若くして陶澍(とうじゅ)(1779―1839)、林則徐(りんそくじょ)ら改革派高官の幕友として活躍、アヘン戦争にも参加し、晩年は太平天国の乱軍とも戦った。彼は最初漢学と宋(そう)学を学んだが、のち劉逢禄(りゅうほうろく)に師事して春秋公羊(くよう)学を自己の学問的基盤とした。しかし、彼は劉逢禄の重んずる何休(かきゅう)の学説よりも、微言大義を説く董仲舒(とうちゅうじょ)の所説を重視した。それは、後漢(ごかん)の経学よりも前漢のそれのほうが優れているという西漢今文(きんぶん)学的認識に基因する。この意識は『詩古微(しこび)』『書古微』『公羊古微』『春秋繁露注』などの経学的諸作によって表彰されうる。また、微言大義を重視する経世致用的な学風は、アヘン戦争、太平天国の乱など当時の中国の緊迫した社会情勢の影響も相まって、『聖武記』(清朝の歴史)、『海国図志』(海外諸事情の紹介)などの優れた政治論を生んだ。
とくに、『海国図志』は日本でも翻刻(ほんこく)され、佐久間象山(さくましょうざん)、吉田松陰(よしだしょういん)らの幕末の志士に影響を与えた。事物を客観的、実践的に把握し、それを具体的に政治に応用して、現実を変革すべきであると説く点は、時流を抜く観がある。彼の学問的領域は、先秦(せんしん)諸子、仏教にも及んでいる。文集に『古微堂集』がある。
[石黒宣俊 2016年3月18日]
中国,清末の学者,経世家。湖南省邵陽県の生れ。学問の面では,劉逢禄について春秋公羊(くよう)学を中心とする今文(きんぶん)学を学んで《詩古微》《書古微》などを著した。前者では毛伝より古い斉・魯・韓に伝わった解釈を尊び,後者では,《尚書》に対する後漢時代の学者の解釈を排して前漢時代の学者の説に従っている。経世家としては,江蘇布政使の賀長齢の命で《皇朝経世文編》120巻を編纂して以来,当代の政治経済に深い関心を寄せ,塩政改革や海運問題で彼の主張が採用された。アヘン戦争(1840)が起こると,欽差大臣両広総督を罷免された林則徐の依頼により,海外事情紹介の地理書《海国図志》50巻(1842)を著し,また同じ年に,清朝一代の政治経済史ともいうべき《聖武記》14巻を完成した。彼は政治や社会の諸制度は時代の変遷と人間の欲望によって変化するものだという観念をいだいていて,後の変法派に継承された。
執筆者:坂出 祥伸
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1794~1857
清末の官吏,学者。湖南省邵陽(しょうよう)の人。1844年進士,51~53年高郵州知州。今文(きんぶん)学者,経世家として有名で,『詩古微』『聖武記』『海国図志』などの著作がある。
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…中国,清末の魏源が著した海外事情紹介をも兼ねた地理書。魏源は第1次アヘン戦争(1840)のとき,捕虜になったイギリス兵の口述をもとに《英吉利小記》をつくってイギリス事情を紹介,翌年夏,欽差大臣両広総督を罷免された林則徐の依頼により《海国図志》の編纂に着手した。…
…ところが前漢の末ごろ,劉歆(りゆうきん)が《春秋左氏伝》をはじめ古文経書を重んじ,王莽(おうもう)が政権をにぎって,古文経書を博士官の教科書として以後,公羊学は衰え,後漢時代に何休が《春秋公羊伝解詁》を著したものの,学界では訓詁を重んずる古文学が主流となった。 その後,清代中ごろに至り,まず常州(江蘇省)の荘存与(1719‐88)が《春秋公羊伝》を顕彰し,ついで劉逢禄が何休の公羊学を重んじ《左氏伝》は劉歆の偽作だと指摘し,さらに龔自珍(きようじちん),魏源は,現実を遊離した考証学的学風を批判し,当面の崩壊しつつある王朝体制を救うために,何休の公羊学にもとづいて〈変〉の観念を強調した。しかし,公羊学を最も重んじて政治変革の理論的根拠としたのは,戊戌(ぼじゆつ)変法(1898)の指導者,康有為である。…
… その後,アヘン戦争(1840)にはじまる欧米列強の侵略と,たび重なる中国の敗北は,知識人の華夷意識を大きく動揺させ,再び西学に目が向けられるようになる。《海国図志》を著した魏源は,西洋事情とともに欧米の科学技術や産業の優秀性に,いち早く注意した一人である。そして魏源を継承して,軍事を中心とする殖産興業を目的とした李鴻章らの洋務運動が推進された。…
※「魏源」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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