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鳥居清満 とりいきよみつ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

鳥居清満
とりいきよみつ

[生]享保20(1735).江戸
[没]天明5(1785).4.3. 江戸
江戸時代中期の浮世絵師。2代清倍の次男。俗称,亀次郎。鳥居家3代として芝居番付,芝居絵,看板絵などを多く描いたが,むしろ紅摺絵 (べにずりえ) のあぶな絵が得意。門下から清経清長,清広などが出た。主要作品『坂東彦三郎曾我五郎』『湯殿』『見立行平,松風,村雨』。清満の娘の子の清峰は清長に師事し2世清満を名のり,師没後鳥居家5代を継承して美人画絵草紙芝居絵などを描いた。また清峰の子の清芳 (1832~92) は,父没後3世清満を名のり鳥居家6代を継いで芝居絵,風俗人物画を得意とした。

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デジタル大辞泉の解説

とりい‐きよみつ〔とりゐ‐〕【鳥居清満】

[1735~1785]江戸中期の浮世絵師。初世。江戸の人。俗称、亀次郎。2世清倍(きよます)の次男。鳥居家3代目で、紅摺(べにず)り絵による役者絵・美人画のほか、黒本黄表紙の挿絵でも活躍。

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大辞林 第三版の解説

とりいきよみつ【鳥居清満】

1735~1785) 江戸中期の浮世絵師。清倍きよますの次男。鳥居家三代目。役者看板絵のほか、紅摺り絵の美人画・役者絵、黄表紙の挿絵などを描いた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

鳥居清満
とりいきよみつ

江戸、鳥居派の浮世絵師。3代まである。
初代(1735―1785)鳥居家3代目当主で、2代清倍(きよます)の二男と伝え、俗称は亀次郎。幅広い活動を通じて宝暦(ほうれき)から明和(めいわ)(1760年代)の浮世絵界を指導し、芝居看板、番付絵のほか、細判役者絵や草双紙の挿絵も多く描いた。しかし、画風は鳥居派の様式を遵守しながらも力感・生動感に乏しく、1768年(明和5)ごろ一筆斎文調(いっぴつさいぶんちょう)や勝川春章(かつかわしゅんしょう)による役者似顔絵が出現すると、それにとってかわられたが、鈴木春信(はるのぶ)らに少なからぬ影響を与え、鳥居清長・清経(きよつね)らの優れた門人を育てた。
2代(1787―1868)鳥居派5代目当主で、初代清満の孫。幼名庄之助(しょうのすけ)、のち亀次。8歳のころ鳥居家4代目清長の門に入り、画名は初め清峰、清長の没後1815年(文化12)に清満と改める。清峰時代は美人風俗画や草双紙の挿絵を描いたが、清満襲名後は鳥居家当主として看板絵・番付絵に専心した。
3代(1832―1892)2代清満の長男で、俗称栄蔵、初名清芳(きよよし)。父の没後清満と改名し、鳥居派6代目当主となった。[浅野秀剛]

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世界大百科事典内の鳥居清満の言及

【鳥居派】より

…浮世絵の一流派。元禄年間(1688‐1704)から現代に至るまで約300年間,歌舞伎界と密接な関係を保ち,芝居絵,役者絵を専業として家系をつないだ。劇場の絵看板(看板絵)や番付絵,役者姿絵の版画などは,いずれも演目と配役が決まりしだい上演に先立って作画にかかる必要があり,芝居にくわしく歌舞伎界のしきたりに通じていなくては難しい領域であった。鳥居派は役者出身の清元を元祖とするように,因襲的な劇界と関係深く,また草創期の清信,清倍(きよます)が芝居絵に適した独自の様式を確立したこともあずかって,ながく劇界専属の地位を独占し他派の介入をほとんど許すことがなかった。…

※「鳥居清満」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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