平曲,能の曲名。
(1)平曲。〈鵼〉とも書く。平物(ひらもの)。拾イ物。源頼政は,保元・平治の乱で戦功があったのにたいした恩賞も与えられなかったが,晩年になって,〈人知れぬ大内山の山守は木がくれてのみ月を見るかな〉と詠んで昇殿を許され,その後〈のぼるべき便りなき身は木のもとに椎(しい)を拾ひて世を渡るかな〉と詠んで三位を与えられた。この人が世に名をあげたのは近衛院の御代のことである。そのころ,毎夜丑(うし)の刻になると黒雲が御殿を覆い,帝が怯(おび)え入るということがあり,僧の祈禱も効果がなかった。昔,源義家に鳴弦をさせて帝の災いを除いたという先例があったので,頼政に勅命が下った(〈強ノ声(こうのこえ)〉)。頼政が家来の猪早太(いのはやた)1人を連れて待っていると,案の定,東三条の方から黒雲がかかり,雲中に怪しい姿が見えた。頼政が矢を射ると落ちてきたので,猪早太が刺し殺し,火をともして見ると,頭は猿,体は狸,尾は蛇,手足は虎という怪物で,鳴声は鵺の声に似ていた(〈拾イ〉)。この手柄で頼政は獅子王という剣を賜ったが,取次ぎをした宇治の左大臣が〈ほととぎす名をも雲居に上ぐるかな〉と詠むと,頼政は〈弓張り月のいるに任せて〉と応じて退出した。怪物の死骸はうつぼ舟に押し込んで流してしまった。その後,二条天皇のころ,鵺という怪鳥が禁中で鳴いて帝を悩ましたことがあり,また頼政に命が下った。5月半ばの闇夜のうえ,鵺がただ一声しか鳴かないのでねらいが定められない(〈三重(さんじゆう)〉)。頼政はまず大鏑矢(かぶらや)を射上げ,鵺が驚いて羽音を立てたところを射止めた(〈拾イ〉)。このときは御衣(ぎよい)を賜ったが,やはり取次ぎの右大臣藤原公能(きんよし)と和歌を詠み継いだ。
全体は武勇談だが,上歌(あげうた)・下歌(さげうた)という曲節で和歌を詠吟する個所を三つも設けて,歌人としての頼政を印象づけている。
(2)能。五番目物。世阿弥作。シテは鵺の霊。上記のように平曲では,鵺の声をした怪獣と鵺という名の怪鳥とは別物だが,能では前者を鵺としていて,後者には触れない。旅の僧(ワキ)が摂津の芦屋に着き,里人(アイ)に宿を頼むが断られ,光るものが出るといわれた州崎の堂に泊まる。そこへ髪をふり乱した怪しい姿の舟人(前ジテ)がやって来て,自分は鵺の亡魂だといい,頼政に退治されたありさまを物語り(〈クセ〉),うつぼ舟に乗って立ち去る。僧が弔いをすると,鵺の霊(後ジテ)が昔の姿で現れ,物語の後半,頼政が剣を賜り和歌を詠んだことから,うつぼ舟に押し込められて淀川に流されたことを仕方話で物語る(〈中ノリ地〉)。
執筆者:横道 万里雄
(1)トラツグミの方言。ヌイ,ヌエツグミ,ヌエドリ,オニツグミ,チョウマンなどとも呼ばれ,雪どけころから5,6月ころに陰気な声で夜鳴くことから,古来,不吉で無気味な鳥とされてきた。《万葉集》巻一には〈……むらきもの 心を痛み ぬえ子鳥 うらなけをれば……〉と歌われ,《堤中納言物語》にも〈ぬえの鳴きつるにやあらむ,忌むなるものを〉とある。現在もヌエが鳴くと死者が出るとか火事が出るといい,変事をつげるものとされている。
(2)源頼政が宮中で射落としたという怪鳥。《平家物語》には,〈かしらは猿,むくろは狸,尾はくちなは(蛇),手足は虎の姿なり。なく声鵼にぞにたりける〉とあるが,《源平盛衰記》には〈頭は猿,背中は虎,尾は狐,足は狸,音(こえ)は鵼也。実(まこと)に希代の癖物也〉とあって,姿は一定しないがその鳴き声からヌエと呼ばれた。転じて正体不明のあいまいな人物やものごとなど奇異な感じをいだかせるものもヌエという。
執筆者:飯島 吉晴
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能の曲目。五番目物。五流現行曲。世阿弥(ぜあみ)作。出典は『平家物語』巻四「鵺の事」。諸国一見の僧(ワキ)が摂津(せっつ)国芦屋(あしや)の里に着く。里人(間(あい)狂言)に宿を断られ、川のほとりの堂に泊まる。川から怪しい者(前シテ)が現れ、自分は夜な夜な宮廷を脅かしたため、源頼政(よりまさ)の矢にかかった鵺の亡霊であるがと、その最期のさまを語る。頭は猿、尾は蛇(くちなわ)、手足は虎(とら)、鳴く声は鵺に似た怪しい存在である。丸木舟に乗って闇(やみ)に消えるが、僧の祈りにやがてその正体(後(のち)シテ)を現し、仏法を妨げ、天子の命をとろうとしたその悪心も、ついに滅亡したありさまを演じて、また暗い世界へと沈んでいく。退治されたものの側から、源頼政の栄光が語られるわけであるが、滅びゆくもののロマンを鵺という怪物に託した、世阿弥の名作の一つである。
[増田正造]
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出典 日外アソシエーツ「動植物名よみかた辞典 普及版」動植物名よみかた辞典 普及版について 情報
…スズメ目ヒタキ科の鳥(イラスト)。全長約30cm,日本のツグミ類中では最大。体上面は黄褐色地に黒色の三日月斑が多数あり,のどから腹にかけては汚白色地に黒色の三日月斑が散在している。翼の裏側には白色と黒色の太い横帯があり,飛んだときによく目だつ。シベリアから東南アジア,オーストラリアにかけて広く分布し,日本では北海道から九州までの各地に漂鳥として生息する。低木層がよく茂った暗い林に好んですみ,林内にすみついていることが多いので姿を見かけるのは比較的少ない。…
…三位昇進について《平家物語》は〈のほるへきたより無れは木の本にしゐをひろひて世を渡る哉(かな)〉の一首が清盛の目にとまり,頼政を哀れと思って三位に推したとする。また武人として朝廷警固に当たっているとき,仁平年間(1151‐54),応保年間(1161‐63)の両度にわたり鵺(ぬえ)を退治して天皇の病を治したという。さらに挙兵の動機については,頼政子息仲綱の名馬を平宗盛が所望したことに端を発すると説明している。…
…鎌倉時代の代表的寺社芸能〈延年〉に原型とみられるものがあり,現行能の《舎利》《第六天》《大会(だいえ)》などは,それに比較的忠実な末流ということができる。世阿弥の執心物,ことに,鬼畜物ではあるが《鵺(ぬえ)》あたりに人間修羅の出現する兆しがあり,直接には,井阿弥(いあみ)の原作を世阿弥が改作した《通盛(みちもり)》に,武者がその執心ゆえに修羅道に落ちて苦しむというパターンが始まる。世阿弥のいう〈修羅〉は,古態の修羅と人間修羅とがやや不統一に概念づけられており,《風姿花伝》〈修羅〉にいう〈よくすれども,面白き所稀(まれ)なり〉とは前者,〈但し,源平などの名のある人の事を,花鳥風月に作り寄せて〉とは後者である。…
※「鵺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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