GATT(読み)がっと

ASCII.jpデジタル用語辞典の解説

GATT

関税貿易一般協定。関税や各種輸出入規制などに関する貿易障壁を取り除き、多国間自由貿易を維持・拡大するために締結された国際協定。円滑な国際貿易を実現するために、1944年のブレトン・ウッズ体制の枠組みの一環として、IMF (国際通貨基金)やIBRD (国際復興開発銀行) と共に、多国間の協定締結により1947年10月調印、翌1948年に発足した。日本は1955年に加盟、自由・無差別・多角の3原則により自由貿易を実現しようとするもの。1995年WTO世界貿易機関)が設立されたことで、WTOがその役割をGATTにとって代わった。本部はスイスのジュネーブ

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知恵蔵の解説

GATT

ガットは自由貿易の推進、世界貿易の拡大を目指す国際条約であり、IMF(国際通貨基金)・世界銀行と共に戦後の国際経済体制を支える重要な柱として1948年1月に発足した。ガットの基本原則は、(1)関税・課徴金以外の輸出入障壁の廃止、(2)関税の軽減、(3)無差別待遇の確保、であるが、現実的運用のための多くの例外規定も設けられた。過去8回の大規模関税交渉で、加盟国間の関税率は大幅に引き下げられ、67年に妥結したケネディ・ラウンド、79年に妥結した東京ラウンドでは、鉱工業製品についてそれぞれ平均30%以上、94年に妥結したウルグアイ・ラウンドでも40%近い関税引き下げが合意された。ガットは、95年1月に発足したWTO(世界貿易機関)に引き継がれた。

(永田雅啓 埼玉大学教授 / 松尾寛 (株)三井物産戦略研究所副所長 / 2007年)

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デジタル大辞泉の解説

ガット【GATT】[General Agreement on Tariffs and Trade]

General Agreement on Tariffs and Trade関税および貿易に関する一般協定(関税貿易一般協定)。関税や輸出入規制など貿易上の障害を排除し、自由かつ無差別な国際貿易の促進を目的とする国際経済協定。1947年、ジュネーブで調印され、1948年発効。日本は1955年(昭和30)に加盟。1995年、拡大する国際貿易環境に対応すべく、WTO(世界貿易機関)を設立。ガットはWTO協定に受け継がれた。

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百科事典マイペディアの解説

GATT【ガット】

General Agreement on Tariffs and Trade(関税貿易に関する一般協定)の略称。関税障壁打開のための国際協定。1947年米国ほか23ヵ国がジュネーブで調印,1948年発効。第2次大戦後の国際通商体制の基本的文書となっている。開放経済体制に即した自由貿易主義を基本原則とする。そのため,1.関税規則,諸手続については最恵国待遇を適用,2.特恵関税の撤廃または軽減,3.内国民待遇の適用,4.輸入数量制限の撤廃,5.各国相互間の関税引下げ交渉によるGATT税率を他の加盟国にも一般化すること,などを定める。しかし他方では国際収支の擁護,経済開発,工業化促進などのため,例外的保護規定も認められ,したがって関税同盟や自由貿易地域(EC,EFTAなど)の存在も許され,新加盟国との2国間協定により輸出入数量・関税などで差別をつける場合もある。全加盟国代表で構成する総会が最高決定機関で,その下に閣僚会議,理事会,各種専門委員会があり,1968年国際連合貿易開発会議と共同で発展途上国の貿易開発・指導・援助のための国際貿易センター(ITC)を創設。過去7回の大規模関税交渉が行われ,とくに1967年のケネディ・ラウンド,1973年の東京ラウンドでは鉱工業製品について30%以上の関税引下げが合意された。1986年開始のウルグアイ・ラウンドは1993年に最終合意をみた。その時までの正式加盟国は124ヵ国(とEU)である。日本は1955年に正式加盟,1959年以降は理事国。暫定的な国際協定にすぎなかったガットは1994年発展的に解消し,1995年新設の世界貿易機関(WTO)に吸収された。
→関連項目開放経済体制関税関税譲許表ケネディ・ラウンド国際カルテル国際貿易憲章セーフガード相互主義多国間主義地域経済統合通商拡大法トリガー価格日米自動車協議貿易貿易為替自由化

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ナビゲート ビジネス基本用語集の解説

GATT

「関税および貿易に関する一般協定」の略称。1948年、世界における貿易障壁を取り除き、自由貿易の拡大を目指して制定された国際条約。1930年代の世界恐慌の反省から発足した。 これまで8回にわたる貿易交渉が行われ、加盟国間の関税引き下げなどに寄与したが、86年のウルグアイラウンドを最後に発展的解消を迎え、WTO(世界貿易機関)へ移行した。

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世界大百科事典 第2版の解説

ガット【GATT】

〈関税・貿易に関する一般協定General Agreement on Tariffs and Trade〉の略称。1947年10月30日にアメリカほか23ヵ国がジュネーブで調印し,48年1月から発効した協定。93年末現在,加盟国は114ヵ国を数えたが,93年12月ウルグアイ・ラウンドの合意を受け,95年1月1日に発足したWTO(世界貿易機関)に発展改組した。
[成立の経緯]
 1929年のニューヨーク株式大暴落に端を発した世界的な大不況に際し,各国は高関税,輸入割当,為替切下げ等の貿易制限措置をあいついで導入した。

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世界大百科事典内のGATTの言及

【関税】より

…同大戦が終りに近づくにつれて,ブロック経済体制と高関税・輸入制限政策が深く反省され,国際協調のもとに世界経済を立て直そうとする体制づくりが模索されはじめる。その第一歩が,国際金融面でのブレトン・ウッズ協定(1944)であり,通商面での〈関税・貿易に関する一般協定〉(GATT(ガツト))である。45年,アメリカによって提案された新しい国際貿易機構International Trade Organization(ITO)を設立するための〈国際貿易憲章〉(ITO憲章,ハバナ憲章)が48年に調印された。…

【関税】より

…同大戦が終りに近づくにつれて,ブロック経済体制と高関税・輸入制限政策が深く反省され,国際協調のもとに世界経済を立て直そうとする体制づくりが模索されはじめる。その第一歩が,国際金融面でのブレトン・ウッズ協定(1944)であり,通商面での〈関税・貿易に関する一般協定〉(GATT(ガツト))である。45年,アメリカによって提案された新しい国際貿易機構International Trade Organization(ITO)を設立するための〈国際貿易憲章〉(ITO憲章,ハバナ憲章)が48年に調印された。…

【プレビッシュ報告】より

…報告はこの会議をリードするガイド・ラインとなったが,この報告書の意義は,既存の国際経済秩序においては不利な立場にたつ発展途上国の立場から,これに実質的な経済的平等と互恵をもたらすように国際貿易の理念や政策を改めることを具体的に提案した点に求められる。
[内容]
 この報告書で,プレビッシュは自由・多角・無差別貿易を基本的な理念とするGATT(ガツト)体制を,先進国にとっては有利であるが南北問題の解決にとっては必ずしも望ましくないという観点から厳しく批判している。彼によれば,GATTの精神に基づく貿易原則は,国際経済社会が均質的な国々から構成されているという非現実的な仮定に立ち,発展途上国をも含めた世界経済の運営を市場メカニズムにゆだねようとするものである。…

【貿易】より

…またラテン・アメリカ諸国はこの時期に輸入代替的工業化に着手している。 第2次大戦終了を機にIMF(国際通貨基金),GATT(ガツト)(関税・貿易に関する一般協定),世界銀行(国際復興開発銀行)を3本柱とするブレトン・ウッズ体制が成立した。初期にはそれぞれ十分な機能を果たせず,アメリカの強いドル,片務的な自由貿易促進,巨額の援助によってそれぞれが補われたが,西ヨーロッパの復興が成り,いろいろな統制が撤廃され,貿易や為替の自由化が進んでくると,この体制のもとで世界貿易は第2の拡大期を経験した。…

※「GATT」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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