覚醒剤は俗称ないし法律用語であって,薬理学では中枢神経系興奮薬に入れる。日本の覚せい剤取締法ではアンフェタミン(商品名ベンゼドリン)とメトアンフェタミン(商品名ヒロポン,ペルビチン)とを指す。これら覚醒作用をもっているアミンを,ドイツ学派は覚醒アミンと呼ぶが,英米学派ではとくに命名をしていない。
→向精神薬
執筆者:小林 司
覚醒剤はいったん使用すると容易に依存・中毒を生じ,幻覚妄想などの精神病的症状や性格変化を生じうる。1930年代からヨーロッパではアンフェタミン精神病があった。第2次大戦中には,一時的な精神昂揚作用のために軍隊関係で用いられ,終戦後,民間人に覚醒剤依存が流行した。日本ではメトアンフェタミンが用いられ,戦後の45-55年の約10年間に覚醒剤乱用と中毒が多発した。この第1次乱用期は敗戦後の社会混乱期であり,使用経験者200万人,中毒性精神病者20万人といわれ,注射薬が多く,1951年の覚せい剤取締法制定をへて54年の取締法罰則強化後に激減した。その後約15年間は少なかったが,70年から第2次流行が始まり,その後覚醒剤中毒が多発漸増している。この第2次乱用期においては,暴力団の資金源として韓国,香港などから密輸入された粉末剤が多い。中毒患者は20~30歳代の男性が多く,暴力団関係者,風俗営業関係者などに多い。アルコールその他の薬物との多剤乱用もある。
覚醒剤は多くの場合は水溶液として静注され,注射痕を残す。1回静注(20~30mg程度)すると,多幸感,気分昂揚,活動性増加があり,疲労感や眠気がとれるが,その効果は数時間しか続かず,その後に強い疲労倦怠感,無気力,抑うつ気分が生じて長時間持続する。そこで再度,覚醒効果と多幸感を得ようとして覚醒剤を使用するが,耐性が強まり依存を生じて使用量や回数が増加する。数週~数ヵ月の連用で(ときには1回使用でも)幻覚妄想を含む中毒性精神病症状を生じる。慢性中毒になると,一方で幻覚妄想のような派手な症状を示すが,他方では無気力,意欲低下,抑うつ気分,過敏性,心気症状を生じ,意志薄弱,気分易変,爆発性といった性格偏倚も顕著になる。幻覚妄想などの中毒症状は覚醒剤を中止すれば1~2週で消失するが,焦燥感,過敏性,易怒性,不眠は約1ヵ月続き,その後も無気力,意欲減退がある。覚醒剤を中止して数年間経過した場合でも,覚醒剤を再使用せずなんらの誘因もないのに,あるいは飲酒,心理的ストレスにより,容易に幻覚妄想が再発しうる。これはフラッシュバックflash back(再燃現象)と呼ばれ,一種の過敏現象と考えられる。覚醒剤中毒による幻覚妄想に基づく粗暴犯罪(殺人,放火,傷害)が生じることがあり,対策が問題となる。覚醒剤中毒による幻覚妄想が出没しながら,無為自閉的生活が何年も続く場合には統合失調症との鑑別が難しいこともある。覚醒剤を用いて動物に実験精神病のモデルを作って研究することもできる。
執筆者:浅井 昌弘
日本における覚醒剤の乱用は,第2次大戦後の混乱期に,いわゆるヒロポンの使用を中心として急増し,大きな社会問題となった。これに対処するため,1951年に議員立法によって制定されたのが覚せい剤取締法である。その後,54年,55年の2回にわたる罰則強化と厳重な取締りによって,覚醒剤犯罪は激減し,57年以降はほぼ鎮静化していた。しかし,70年以降再び覚醒剤犯罪が増加しはじめ,73年の罰則強化にもかかわらず,第2の流行期を迎え,現在に至っている。法律の規制対象とされている覚醒剤とは,中枢神経系興奮薬のうちとくに薬理作用の強い,フェニルアミノプロパン(アンフェタミン),フェニルメチルアミノプロパン(メトアンフェタミン)およびその塩類をいう(同種の覚醒作用を有するものを政令で指定できるが,現在まで指定されたものはない)。法律は,覚醒剤の使用を医療用・学術研究用に限定し,その取扱いを厚生大臣または都道府県知事の指定を受けた覚醒剤製造業者・覚醒剤施用機関および覚醒剤研究者に限って,厳しい規制のもとで認めている。それ以外の覚醒剤の製造・所持・譲渡・譲受け・使用等は禁止され,また,覚醒剤の輸出入はなんぴとに対しても禁止されている。これらの違反に対しては,無期懲役(情状により1000万円以下の罰金併科)を最高とする厳しい刑罰が科されている。さらに法律は,法で定められた覚醒剤原料の製造・取扱いに関しても,覚醒剤とほぼ同様の規制を行っている。
→薬物犯罪
執筆者:佐伯 仁志
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通例、覚醒アミンをさすが、アミン以外の中枢神経系興奮剤を含めてよぶこともある。向精神薬の一種。覚醒アミンはエフェドリンなどに類似の構造式をもち、中枢神経興奮作用のほか、交感神経興奮作用や食欲抑制作用もある。脳の機能を積極的に亢進(こうしん)させ、眠気をなくし、疲労感を軽減するほか、気分を爽快(そうかい)にして思考能力を促進させるなどの効果があるが、常用すれば習慣性となり、精神的依存から覚醒剤中毒に陥る。
第二次世界大戦後、青少年の間で「ヒロポン」が乱用されて社会問題となり、日本では1951年(昭和26)に「覚せい剤取締法」が公布され、製造、輸入、販売、所持、使用が規制された。この法律でいう覚醒剤は、フェニルアミノプロパン(アンフェタミン)とフェニルメチルアミノプロパン(メタンフェタミン)、およびこの両者と同様の覚醒作用をもつもので政令で定めたもの、さらに以上のものをいくつか含有するものをさしている。エフェドリンも本剤の原料となることから取扱い上の規制がある。現在では、著しい入眠傾向がみられるナルコレプシーの治療に塩酸メタンフェタミンだけが「ヒロポン」として用いられている程度で、むしろ不法ルートによる乱用で中毒患者が発生し、社会問題となっている。
[幸保文治]
「覚醒アミン」のページをご覧ください。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…しだいに増量しないと効かなくなり(これを耐性上昇という),薬を用いたくなる(これを精神的依存という)が,連用を急にやめても発熱とか痙攣(けいれん)などの身体的異常はおきない。精神的依存を利用して,暴力団が覚醒剤として売りつけて資金源にしたり,薬を餌として逃亡を防ぐのに使ったりしており,社会問題となっている。30mg以上の大量を与えると急性中毒になり,不安,不眠,緊張感,錯乱,幻覚,頻脈,痙攣などが現れる。…
…1g以上の大量では神経過敏,震えなどの症状を経て痙攣(けいれん)を誘発する。(2)覚醒剤 アンフェタミン,メタンフェタミンなどで,いずれも精神機能の亢進を特徴とする中枢興奮作用を有する。眠気を去り,疲労感を除き,精神的抑鬱(よくうつ)状態を回復する効果を示す。…
…薬物はおもに疾病の治療や予防の目的で服用されるが,薬物を受け入れる生体側は,薬物を異物とみなし,生体から速やかに排出しようとする。薬物のほとんどは尿中に排出されるが,糞便中や肺や皮膚などからも排出される。一方,薬物が高い脂溶性を有する場合は,腎臓の尿細管で再吸収されるので,尿中には投与した形の薬物としてはほとんど排出されない。この場合,脂溶性の高い薬物は,生体内の種々の酵素系によって腎臓から排出されやすい形,すなわち水溶性が大きくなる方向に極性化される。…
※「覚醒剤」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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