最も低い生活費ではなく,生活を維持するために最低限必要とされる生活費の意味であるが,それの具体的内容となると,いくつかの見解がある。B.S.ラウントリーが貧乏測定のために算出した貧乏線は,〈単なる肉体的な能率を維持できる生活費〉の意味であったが,のちに彼は最低賃金の基準にすべきだとする〈人間的必要生活費〉を算定している。前者は動物的生存ともいうべきもの,後者はそれに文化的必要を加味したものであった。多くの研究者は,最低生活費としては,動物的生存を重視する最低生存費と最低健康体裁水準または最低愉楽水準とを区別するのがふつうである。ベバリッジ報告で社会保障給付の基準として用いられたのは前者つまり最低生存費であり,ふつう社会保障の最低基準として考えられているのはそれであるが,最低賃金minimum wageの算定基準の一つである生活賃金は後者をとっていた。もっとも近年社会保障の水準が引き上げられてきたので,以前ほどの違いはないにせよ,現在でもこの二つは区別される。アメリカでは,公式に貧乏層の測定のために算定される貧乏水準と,これを下回る世帯・人口の比重とが毎年連邦政府から発表されているが,これとは別に,毎年4人世帯の標準生活費が低・中・高の3階層について主要都市別に発表されている。日本で標準生活費といわれるものは,多くは最低愉楽費にあたるものである。近年イギリスを中心に,相対的欠乏relative deprivationという概念を用いて,貧乏を測定しようとする考え方が広まりつつあるが,これはその社会のふつうの生活様式をかなえられるところの生活費を基準にして貧乏測定を行うものであって,最低愉楽費に近い概念である。タウンゼンドPeter Townsendはその一人で,彼はその金額まで算定している。最低生活費は,おのおのの国の歴史的な生活様式を前提としているので,その内容は民族性をもっており,世界的な最低生活費といったものは存在しないが,生活様式自体も変化・発展するので,最低生活水準そのものも歴史的に変化・発展する。
執筆者:藤本 武
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人間が生きていくのに最低限必要とされる生活水準を、貨幣的に表現したものが最低生活費であるが、その概念や内容についてはさまざまな場合がある。たとえばマルクスは、資本主義経済では労働供給が需要を構造的に上回るため、賃金が最低生活費ないしそれ以下に押し下げられる傾向があるとしたが、この場合の最低生活費は生物的生存のための水準に近かった。次に先進国の所得税制では、納税者家計の最低生活費は非課税とされるが、それはわが国では本人の基礎控除や配偶者控除、扶養家族控除が該当するものとなる。また、わが国の社会保障制度における生活扶助基準は、健康で文化的な最低生活水準を保障するものとされているが、実際には勤労者家計の消費支出の6割の水準となっている。このようにいろいろな基準が考えられるが、現在のわが国の最低生活費をもっとも客観的に示すものは、人事院が国家公務員の給与改定を勧告する際に算定公表する標準生計費であろうといわれている。
[一杉哲也]
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…住宅扶助基準では,家賃・間代などの多様性に対して,一応基準額を定めているものの,年ごとに改定される各地の第2種公営住宅家賃の最高額を標準とし,その1.3倍などという特別基準を設定することとしている。以上の3扶助基準を合算して最低生活費とし,これと収入額とを対比して保護要否判定がなされる(差額が支給される)が,その際,各種の収入控除を考慮する必要がある。収入控除には食物,被服等のための金額を見積もる業種別基礎控除や,社会保険料,労働組合費,通勤費等に対する実費控除等がある。…
※「最低生活費」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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