食酢で味つけした飯(めし)に魚貝などを添えた料理、あるいは塩押しした魚を漬け込んで自然発酵させたものをいう。前者は握(にぎ)りずし、ちらしずし、巻(まき)ずしの類で、後者は「なれずし」(馴鮓)の類である。古くは魚貝を塩蔵して自然発酵させ、酸味の生じたものであったが、のち発酵を早めるために少量の飯を加えるようになった。これらは魚だけを食べる副食物であったが、しだいに飯もともに食べる補食的な料理に変わっていった。「すし」は、「酸(す)し」が語源といわれ、漢字の鮓(さ)・鮨(き)をあてているが、鮓は「漬け魚」すなわち塩・麹(こうじ)や糟(かす)で漬け込んで醸(かも)した魚、鮨は魚醤(うおびしお)(塩辛の類)の意味をもつ語である。「寿司」は江戸時代の中ごろになって好字をあてたものである。
[多田鉄之助]
魚貝の肉を塩漬けにする方法は遠い昔に人類の知るところとなったと思われる。ミサゴ(鶚・雎鳩)というワシタカ科の鳥がとらえた魚を岩陰などに蓄えておくと、それに海水がかかって自然発酵し、酢漬けのように美味になるという、「鶚鮨(みさごずし)」の説話などもそれをうかがわせる。中国の鮓・鮨の類は2000年以前からあり、しだいに飯を加えて漬け込むようになったが、こうした「なれずし」の保存法は東南アジアの米作民にかなり広く行われている。日本への伝来もおそらく米と同時で、かなり早い時期であったと思われる。朝鮮半島の東海岸に古くからみられる食醢(シツケ)は、魚、穀類、野菜を重ねて漬け込む。日本列島のすしの原点とかかわっているとみられる。
奈良時代、鮓(すし)は貢納物に指定され、『養老賦役令(ようろうふえきりょう)』(718年撰(せん))には、鰒鮓(あわびすし)、貽貝鮓(いがいすし)、雑鮓(くさぐさのすし)などの名がみえる。平城京出土の木簡にも「多比鮓(たひすし)」(鯛ずし)、「貽貝鮓」と記されたものがあった。平安時代にはその種類も増え、『延喜式(えんぎしき)』(927年成)には、鮎(あゆ)、鮒(ふな)、鮭(さけ)、阿米魚(あめのうお)(アマゴ)、鰒、貽貝などの鮓(すし)のほか、猪鮓(いすし)、鹿鮓(しかすし)などが記載されてある。
古くは日本でも、果実などの自然酸味のほかに、魚類、哺乳(ほにゅう)動物の肉を自然発酵させて、酸味を得ていた。平安朝のころは宇治川のウナギを自然発酵させて、これを宇治丸(うじまる)といって用いた。前述の「鶚鮨」も、自然発酵した魚を人間が集めて珍重していたのである。このように古い伝統をもつ「なれずし」は各地に残っている。釣瓶(つるべ)ずしは大和(やまと)下市(しもいち)(奈良県吉野町)の名産で、吉野川でとれたアユを釣瓶型の曲物(まげもの)に入れてつくる。歌舞伎(かぶき)『義経(よしつね)千本桜』にも登場し、平維盛(これもり)がすし屋の手代弥助(やすけ)の仮名で潜んだという筋書きから、いまでもすしの異名を「弥助」という所がある。近江(おうみ)のゲンゴロウブナやニゴロブナを用いた鮒ずしは琵琶(びわ)湖付近の名物。この二つは自然発酵ずしの代表格といえる。大分・熊本両県のアユの竹ずしは準自然発酵ずしである。青竹の筒の中に酢と砂糖を少々入れ、腰に10本ぐらい吊(つ)り下げてアユ釣りに行く。獲物を逆さにして筒に入れておくと、太陽熱と体温で夕刻帰るまでにアユは自然発酵している。
これに対し、江戸時代初期には醸造酢を用いてつくるすしが開発され、即席ですしができるようになったので、これを早ずし、一夜漬けずし、当座ずしなどといった。アユ、サバ、アジなどの姿ずし、枠に入れて圧力を加える押しずしなどもできてきた。これらがしだいに発達し洗練されて、大阪風の箱ずしが生まれるのである。江戸のすしがいちおうの形態を整えたのは、『難波江(なにわえ)』の記載によれば延宝(えんぽう)(1673~1681)のころで、医師松本善甫(ぜんぽ)が早ずしを創製して「待ちゃれ鮓」とよばれたという。また、このころから太巻きずしがつくられている。
江戸風の握りずしは1810年(文化7)に本所横網に店を出した華屋与兵衛(はなやよへえ)により数年後に創作されたといわれ、アナゴ、イカ、エビなどを味つけして煮て、握ったすし飯の上にのせたものが多かった。酢漬け魚や生魚の使用は少なく、天保(てんぽう)(1830~1844)以前はマグロは全然用いられていなかった。1836~1837年(天保7~8)ごろ江戸近海でマグロの大漁があり、処分に困ってすし屋に使用を勧めたが、みな断り、馬喰(ばくろ)町の恵比寿鮨(えびすずし)が試みたところ、すしに好適でたちまちマグロは握りずしの代表的材料になったという。明治初年マグロの需要が多くなり、近海物では不足し、三陸地方のものを取り寄せるようになった。そのころは冷凍設備のない時代なので、しょうゆ漬けにして送ってきた。いまでもマグロをすし屋で「づけ」とよぶのはそのためである。第二次世界大戦後からすし材料の種類は多くなり、生エビ、生イカ、ウニ、イクラ、数の子なども使われるようになった。しだいに少なくなったのは煮物種(だね)で、アナゴのほかはあまり用いられていない。
[多田鉄之助]
現在、同じくすしの名でよばれていながら、その種類はきわめて多様である。しかし、これを大別すれば、なれずしと早ずしの系統に分けられる。なれずしには、魚を塩漬けにして自然発酵で酸味を生じさせたもの、魚と飯を何段か積み重ね圧して熟成させたもの、飯の熱で材料の発酵を早めるものなどがある。早ずしは、酢を用いるもので、これも多くの種類があり、現在、すしといえばほとんどがこの系統をさす。姿ずしは、アユ、アジ、サバなどあまり大きくない魚を一尾のまますしの材料にする。沖ずしはとりたての魚貝類を用いる。すずめずしは、フナを背開きにしたものを用い、スズメが羽を広げた形に似ていることからその名前があるが、小ダイを使う場合が多い。握りずしは飯を手で握ってつくる意で、巻ずしは海苔(のり)、昆布、薄焼き卵などですし飯を巻いてつくる。いなりずしは、味つけをして煮た油揚げを袋にし、その中にすし飯を詰めたもの。ちらしずしはすし飯の上にいろいろの具をのせたもので、これを蒸したのが蒸しずしである。細工(さいく)ずしは、飯を土台にして、いろいろの魚や野菜を散らした、いわゆるちらしずしの形態でつくられる場合が多いが、握りずし、押しずしなどでもつくる。押しずしは、木枠(きわく)の中にすし飯と具を入れ、圧力を加えてつくる。四角い木枠で押し、四角くつくる箱ずしは、関西で多く用いられる。棒ずしは半身の魚を用いてつくる。湯葉ずしは、酒としょうゆで味つけした湯葉の上にすし飯を敷き、キクラゲ、クワイの梅酢漬けのせん切り、サンショウを散らし、凍り豆腐の太いせん切りを生じょうゆで煮たものなどを加えて巻き、その上を竹の皮で巻いて4~5時間圧して用いる。
[多田鉄之助]
すしのなかにもいろいろ郷土色豊かなものがある。あゆずしは全国各地にみられるが、明治・大正・昭和の初めまでは御殿場線の山北駅、東海道本線岐阜駅、山陰本線和田山駅のものが名物とされていた。北海道のさけずしは、とりたてのサケ(北海道ではアキアジという)を3枚におろし、薄く敷いた飯の上に薄切りのダイコン、ニンジン、ショウガをのせ、薄切りのサケをていねいに並べて、すじこを散らす。これを何段か重ねて上にササの葉をのせて、重石(おもし)をする。山形県の粥(かゆ)ずしは、固めに炊いた飯に炒(い)り大豆、数の子や野菜の細かく刻んだもの、麹(こうじ)を混ぜ合わせて酒をたっぷりふりかけて熟成させたもの。秋田県の粥づけもこれに似ているが、ワラビ、ゼンマイ、シオデ、コゴメなどの山菜にダイコン、黒大豆などを用いる。はたはたずしは、ハタハタを3センチメートルぐらいに切り、ニンジン、シソの葉、すじこなどを混ぜ、飯と麹を混ぜて2週間熟す。秋田県では年の暮れから正月にかけて、はたはたずしをよくつくる。
富山県のますずしは、マスの紅色とクマザサの緑の対照が美しく、富山の米とマスの味の調和もいい。元来、神通(じんづう)川でとれるマスを用いたが、近年はほとんどを他地方から移入している。1717年(享保2)に江戸幕府への献上品になったといわれる歴史あるますずし作りの技術は、独特の優れたものである。石川県のかぶらずしは、カブの厚切りに切り込みを入れ、その間に塩をしてなれさせたブリの薄切りを挟み、桶(おけ)に並べ、米と麹をあわせて湯でのばしたものとともに詰め、花形切りのニンジンを加え、これを何段も重ねて重石を置き、20~40日ぐらい熟成させてから用いる。これは正月を中心にして寒い季節だけにつくられる季節ずしでもある。福井県の小だいずしは一種の握りずしであるが、見た目も味もよく、敦賀(つるが)地方の名物になっている。山梨県の信玄(しんげん)ずしは、煮貝(アワビを殻付きのまま煮たもの)を中心に山菜などを加えたちらしずしで、古くは武田信玄の陣中食といわれ、野ブドウからとった酢を用いたという。
三重県の手こねずしは、志摩地方の漁師たちが古くからつくっていたもの。初めは船弁当であったが、いまでは冠婚葬祭などにつくられる。煮立てたしょうゆに、カツオ、アジ、サバなどの刺身を漬けて、炊きたてのすし飯に加えてかき混ぜる。三重、和歌山地方にもう一つユーモラスな名称のめはりずしがある。大きな握り飯をタカナの漬物(葉)に包んだもので、昔は木こりや農民が山や畑に仕事に行くときに持参した。大きな握り飯を食べるとき、大きく口を開くと、自然に目を見張ることになるのでこの名があるという。京都のさばずしは、塩さば半身を酢でしめ、棒状にかためたすし飯の上にのせ、昆布と竹皮で巻いて、強くしめる。似たものに大阪のバッテラがある。奈良県の柿(かき)の葉ずしや朴(ほお)の葉ずしは、すし飯に塩さばの酢漬けをのせて葉で包み、箱に入れて圧力をかける。和歌山県のなれずしは、サバやタチウオなどを飯の上に置き、アシの葉でぐるぐる巻いて桶に詰め込み、重石を加えて数日熟成させる。
岡山県のばらずしは、タイ、アナゴ、エビ、イカなど海の幸を使った豪華な五目ずしである。岡山藩主池田氏が節約のため一汁一菜を制定したため、かえって一品料理にぜいたくなものができ、その一つがこのばらずしである。山口県のきらずずしは、その名のとおり、飯のかわりにおからを用いる。コハダなどの小魚を酢でしめ、味つけして麻の実、針しょうがなどを加えたおからを魚の腹に詰めてつくる。
香川県の押し抜きずしは、春から初夏にかけてとれるサワラを用いる。押し抜きの意味は、三角、四角、花形など好みの木型をつくり、すし飯、煮た野菜、すし飯、サワラ(薄切り甘酢漬け)、薄焼き卵の順に重ねて入れ、上から強く押して型抜きするところにある。愛媛県の伊予ずしは一名「もぶりずし」ともいい、飯と具と上置きの3種にそれぞれ特徴をもたせた豪華なすしである。高知県のサバの姿ずしは豪壮なもので、材料が新鮮なので味も格別である。サバを頭から背開きにしてわたを抜き、塩をして1日置いてから酢に数時間漬ける。これをすし飯の上にかぶせて、1.5センチメートル間隔に包丁を入れ、姿のままを供する。鹿児島県の酒ずしは、4~5月ごろが食べごろとされる。固めに炊いた飯に地酒をたっぷりかけて混ぜ合わせておき、タイ、イカ、エビなど新鮮な魚貝類を刺身状に切って酢につける。タケノコ、シイタケ、キクラゲは小さく切ってうす味で煮る。専用の蓋(ふた)付きの塗り桶に飯と具を何段か重ねて入れ、最上段はきれいに飾るか、ご飯に木の芽を散らすだけにして蓋をし、重石をかけておく。酒が上に出てくると流し捨て、すしを器に盛って出す。
[多田鉄之助]
家庭では主として次のようにしてすし飯をつくる。米は手早く洗い、米の容量と同量または1割増しの水に30分~1時間つけてから、やや堅めに炊き上げる。蒸らしは普通のご飯より短めにする。炊き上がったご飯はすし桶に移し、合わせ酢をふりかけながら木しゃもじで飯粒をつぶさないように切り混ぜる。すし飯は急速に冷やすとつやが出るので、うちわや扇風機で風を当て、木しゃもじでときどき切り返す。冷たくなりすぎてはおいしくないので、人肌くらいのぬくもりを残す。すし飯をすし桶の中央にまとめ、堅く絞ったふきんをかぶせておく。合わせ酢(米4カップに対し)は、握りずしの場合、酢80ミリリットル、砂糖大さじ2~3、塩小さじ2~3を目安とする。握りずしはやや酸味を強く、箱ずし、蒸しずしになるにしたがって砂糖を多く加え、甘味のあるものにする。
[河野友美・大滝 緑]
なれずしについていえば、乳酸発酵が主体である。しかし、タンパク質が多く、腐敗しやすい魚が材料であることと、乳酸発酵が早く進みすぎると味が粗くなることから、これを抑えるために材料の魚をいったん塩漬けにする。そして、乳酸の材料となる糖質源として、米飯あるいは粥を使用する。この際、米のデンプンが糖化されていれば乳酸生成も早いので、この目的で米麹(こめこうじ)をともに使用することが多い。乳酸が生成されれば酸性が強くなり、腐敗も防止できるし、強い塩味もまるくなる。ただ、自然の乳酸菌を利用して発酵させるため、場合によってはボツリヌス菌が繁殖し、危険な食中毒のおこることがあり、サンマのいずしなどではときどき食中毒が報告されている。なれずしは、そのなれの状態によって味が順次変化していき、好みにより食べごろに差がある。一般のすしでは、酢を使用するので、普通の米飯よりはやや時間的に長もちするが、握りずしのように生の魚を使用するものでは時間を置くことは危険である。
すし飯をつくるには合わせ酢を用いるが、米の吸水力のよいものでないと酢が浮いて、口あたりおよび味のよくないものになる。すし米などといって特別の米が区別されるのも、こういったことから、適した米が選ばれるためである。合わせ酢の配合は、すしをつくる人や、地方によりかなり大きな差があり、時代とともに変化もしている。
[河野友美・大滝 緑]
『浅見安彦・橋本常隆著『すし調理士入門』(1970・柴田書店)』▽『近藤弘著『すし風土記』(1974・毎日新聞社)』▽『近藤弘著『すし』(1982・柴田書店)』▽『末広恭雄著『すし話 魚話』新装版(1997・平凡社)』▽『小沢諭著『すしの技 すしの仕事』(1999・柴田書店)』▽『大場秀章・望月賢二・坂本一男・武田正倫・佐々木猛智著『東大講座 すしネタの自然史』(2003・日本放送出版協会)』▽『日比野光敏著『すしの歴史を訪ねる』(岩波新書)』▽『篠田統著『すしの本』(岩波現代文庫)』▽『『すしの蘊蓄 旨さの秘密』(講談社プラスアルファ新書)』
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