改訂新版 世界大百科事典 「カエル」の意味・わかりやすい解説
カエル (蛙)
無尾目Anuraに属する両生類の総称で,成体は完全に変態し幼生(いわゆるオタマジャクシ)とは形態を異にする。英名は一般にはfrogであるが,ヒキガエルのような外観のものをtoadと呼ぶことが多い。極地を除く世界の各大陸に分布し,平地から高地,海水を除く水中から砂漠地帯まで,あらゆる環境に適応放散してすみついている。分類には諸説があるが,全体を25科3967種類ほどに分けることが多く,日本には帰化種3種と在来種約34種・5亜種が分布する。
形態
体は一般に太くて短く,尾部を欠く。頭部は幅広く,頸部(けいぶ)のくびれがなくて直接胴に接している。大半は眼が大きくてつき出し,ジャンプのときなど眼瞼(がんけん)(まぶた)を閉じて内部に引き込み,また水中では透明な瞬膜に覆われて眼球が保護される。視覚が発達し,小さな餌の動きも敏感にとらえて反射的に跳びつく。眼の後方には露出した円形の鼓膜があり,繁殖期における種間のコミュニケーションに大事な役割(鳴声を聞く)を果たすが,水生種などでは発達していない鳴囊(めいのう)が頰の両側,またはのどにあって,声帯で発生された鳴声を拡大する共鳴器の働きをするが,その大きさは体長と比例せず,またほとんど認められないものもある。口が大きく,上下顎(じようかがく)骨には小さな歯が並び,口蓋(こうがい)部に鋤骨歯(じよこつし)があって餌をくわえるのに役立つが,これらを欠くものもある。舌は楕円形で幅広く先端が丸いか切れ込むかしており,基部は下あごの前方に位置して内側に倒されている。餌を発見するやすばやく舌を起こして前につきだし,先端部で巻き込むようにしてとらえる。しかしスズガエル類Bombinaのように円盤状で固定されたものや,無舌類(現生はピパ科のみ)のように舌を欠くものもある。
四肢が発達し,とくに後肢は長くて力強く,これを支える腰帯(ようたい)(後肢の関接部分)の構造もがっしりしている。後肢のジャンプ力が優れており,ほとんど武器をもたないカエルにとって,逃げ足は有効な自衛手段である。後肢では跗骨(ふこつ)および趾骨(しこつ)が長くのび,各あしゆび間には水かきが発達して,跳躍の踏切りを強化している。また巧みな遊泳も後肢だけで行い,ジャンプも泳ぎも左右の後肢を同時に屈伸させる独特の運動様式による。指は前肢に4本,後肢に5本あり,バビナ属Babinaのみ5指性で第1指がとげ状の武器となっている。ツメガエル類Xenopusの後肢を除いて指にはつめがなく,アマガエル,アオガエルなど樹上にすむ種には各指に吸盤が発達する。トビガエル類では前肢の各指間にも,著しく水かきが発達している。
生理
カエルの皮膚はうろこや毛がなくて裸出しており,容易に水を透過させ,また分泌腺に富んでつねに湿っており,皮膚呼吸を行う。多くの種は真皮内に層をなしている色素細胞の凝集と拡散によって体色を変化させ,保護色の効果をあげている。呼吸はおもに肺によって行い,吻端(ふんたん)に開口した外鼻孔の開閉によって空気を出し入れする。肋骨と横隔膜を欠くため,空気は口底の上下によって肺に送られ,そのため絶えずのどを動かせている。ときには大きな眼球を引っ込めて口腔容積を小さくし,深呼吸も行う。肺の容積が大きく,とくに水生種では,鼻上げせずに長時間水中にとどまることもでき,発達した後肢の水かきが皮膚呼吸に役立つ。チチカカ湖など冷たい湖の深い水底に生息するアンデスミズガエル類Telmatobiusは,背中の皮下にあるリンパ囊が著しく発達して血管が密に分布し,もっぱら皮膚呼吸によっている。温帯地方では正常体温が維持できない気温に下がると,地中や水底で冬眠に入る。オーストラリアやアフリカの砂漠地方にすむ少数のカエル類は,乾燥期間中は脱皮した表皮で繭をつくり,体内に蓄えた水分で数ヵ月も地中で過ごしている。
産卵と発生
カエルの卵は透明な寒天質に包まれて卵殻を欠き,乾燥に弱いため,大部分の種では池沼や水田など静水中に産卵する。卵塊には大量の卵を含む長いひも状や半球形,あるいは水面に浮かぶ膜状のものや水草に付着させる小卵塊などがある。また渓流の石の下や洞穴の伏流水中に産卵するもの,地上の湿った土,コケ,着生植物などに大粒の卵を少数産むもの,そして泡状の卵塊を地上や樹上につくるものなど,卵塊の形や産卵場所はさまざまである。カエルの卵は典型的な端黄卵で,第1,2卵割が等割で,あとは不等割となる。幼生は原則として外鰓(がいさい)が形成される段階で孵化(ふか)するが,ずっと進んだ段階や変態直前で孵化するものもある。
カエルの幼生はいわゆるオタマジャクシで,形態,生態ともに魚類に似て水中生活を営む。外鰓は孵化後数日でえらぶたに覆われ,幼生は絶えず口から水を入れて内鰓に通じ,体側にある呼吸孔から排水する。雑食性で,角質のくちばしと歯列によって藻類や死んだ魚などの動物質を削りとって食べる。発生が進むとまず後肢が現れるが,前肢は鰓室内で発達するため外から見えず,変態直前に出てくる。四肢がそろうと水辺に上陸し,尾の筋肉が分解して体内に吸収され,尾は完全に消失する。幼生から成体に変身する変態は単に外形ばかりでなく,えらは肺に変わり,口は大きくなり,骨格や消化・排出・循環系など,体内でも大きな機能的変化が伴う。ふつう幼生は2~3ヵ月で変態するが,一部の種類では幼生のまま越冬する。アベコベガエル類Pseudisのように幼生(全長25cm)が成体(全長7cm)よりずっと大きなものもある。
系統と分類
カエル類の遠い祖先型は,三畳紀に栄えた両生類の迷歯類から分岐したミオバトラクスMiobatrachusなどと考えられ,カエルのような頭と長い尾をもっていた。ジュラ紀に入り成体では尾を消失するカエル型の祖先型が出現した。以来,カエルは水辺で同じような生活を続けてきた。
現生のカエルは両生類の中でもっとも分化の進んだもので,最大の勢力を占めている。現生種は主として頭骨,脊椎骨,胸帯などの骨格や外部形質の違いで分類され,約2600種が22科に分けられる。それらは比較的原始的なグループ(ムカシガエル亜目)と,比較的新しいグループ(カエル亜目)に大別される。
ムカシガエル亜目には成体に尾を動かす筋肉が痕跡的に残存するニュージーランド産のリオペルマ科Leiopelmatidaeと,アメリカ合衆国北西部産のオガエル科Ascaphidaeとがまずあげられる。前者は〈生きた化石〉ともいわれ,幼生は卵の中で変態を終えて出てくるが,尾がしばらく残っている。後者は雄に総排出腔がのびた小さな尾状突起があり,これを用いて体内受精を行う。ヨーロッパとアジアに分布するスズガエル科Discoglossidaeは,腹面に鮮やかな赤色や黄色の標識色をもち,体を押さえられると胴や四肢を反らせ,体色を見せつけておどす。ピパ科Pipidaeはアフリカ産ツメガエル類と南アメリカ産コモリガエル類Pipaなどを含み,いずれもまったくの水生種。そのほかオーストラリアの乾燥地帯に生息するカメガエル科Myobatrachidaeや,南西諸島にも分布するヒメアマガエルMicrohyla ornataをはじめ小型種の多いヒメアマガエル科Microhylidae,眼の上に角状突起をもち,枯葉そっくりのアジアツノガエル類Megophrysを含むペロバテス科など変異に富む。ペロバテス科にはヨーロッパ産スキアシガエル類Pelobatesや北アメリカ産アメリカスキアシガエル類Scaphiophusがあり,これらのカエルは後肢にある特大の隆起を用いて,すばやく土を掘って潜る。
カエル亜目にはヒキガエル,アカガエル,アオガエル類などよく知られた仲間が含まれ,カエル類の大部分を占めている。ヒキガエル科Bufonidaeはオーストラリアを除く世界中に約300種が分布する。自衛用の武器として有毒の耳腺が発達し,行動がのろくてジャンプ力もない。同じく皮膚に強い毒をもつヤドクガエル科Dendrobatidaeは小型の美しい仲間で,60種ほどが熱帯アメリカに分布し,ジャンプ力がなく地上をのこのこ歩き回る。樹上生のアマガエル類Hylidae(719種),アオガエルRhacophoridae,クサガエルHyperoliidaeの仲間(約450種)は四肢の各指に吸盤が発達し,体色変化や泡状の巣をつくるなどバラエティに富んだ1群である。地上生で約300種の大きなグループであるアカガエル科Ranidaeは,日本産トノサマガエルをはじめ典型的なカエルの形態をもつものが大半で,生態的にも類似したものが多い。熱帯アメリカに840種ほどが分布するユビナガガエル科Leptodactylidaeは,ナンベイウシガエルLeptodactylus pentadactylus(体長20cm)やツノガエル類Ceratophrysなど大型種を含むが,体長約2cmのホソユビガエルEleutherodactylusなどの小型種も含まれている。
生態
皮膚呼吸に頼るカエル類は一般に乾燥に弱く,生息場所は水辺か湿った場所に限られる。水中は危険を逃れる場でもあり,多くのカエルは跳躍してすぐ水に跳び込める草むらにおり,まったくの水生種もある。しかしヒキガエルやヤドクガエルは毒腺に守られて,水辺から離れた森林にすみ,保護色をもつアマガエル,アオガエル類も樹上や草むらで生活して,産卵期以外は水に入らないものが多い。これら地上生の種類は水辺にすむものより体内の水分消耗に耐えられる。
卵胎生のアフリカ産コモチガエル類Nectophrynoides以外はすべて卵生で,体外受精を行う。繁殖期の雄には,第1指に婚姻瘤(こんいんりゆう)と呼ぶ肉質隆起を生じ雌を抱接するが,抱接型には一般的な腋下(えきか)型のほかに,胸部・腰部抱接型がある。カエルの鳴声はそれぞれの種に特有のもので,繁殖期における雄の鳴声(ラブコール)は,産卵場所に繁殖集団(コロニー)を形成し,種の識別や雌雄認知の決め手となる信号でもある。カエルの産卵には,水中に1匹が1000~2万個もの大量の卵を産み,ごく一部だけが無事変態を終了し成長を遂げるタイプと,少数を産卵して,高い確率で成長させるタイプとがある。後者の種類は少ないが,卵や幼生の保護手段に風変りなものが系統と関係なく見られる。サンバガエル類Alytesやセーシェルコオイガエル類Sooglossusなどでは,親が卵や幼生を体に付着させて守るが,コモリガエル類やフクロアマガエル類Gastrothecaでは雌が背中の育児室で,大粒の少数卵を変態終了まで育てる。ダーウィンハナガエルRhinoderma darwiniiでは雄が育児を担当し,鳴囊内が子ガエルでいっぱいになるまでめんどうをみるが,オーストラリア産イブクロコモリガエルRheobatrachus silusは,雌が胃袋の中で幼生を育てる。そのほか安全な樹洞の水たまりに産卵する八重山列島産のアイフィンガーガエルChirixalus eiffingeri,流れに泥の堤を築いて産卵するカジヤアマガエルHyla faberなど,卵や幼生の保護にさまざまなくふうが見られる。オーストラリアの乾燥地帯に生息するミズタメガエル類Cycloranaは,地中で繭に包まれて数ヵ月の乾燥に耐え,スコールでできたわずかな水たまりに急いで産卵する。幼生は短期間で変態を終了するが,雌はいつ降るか知れない雨に備え,つねに熟卵を用意しておかねばならない。
人との関係
カエルは生物学,とくに発生,生理,遣伝の分野において欠かせない教材や実験動物であり,近年ではツメガエルが妊娠反応に使用される(妊婦の尿をとってツメガエルの雌に注射するとツメガエルの雌の排卵が促進される)ほか,ホワイトアマガエルLitoria caeruleaの皮膚からは胆道・膵機能診断用の物質が分離,利用されている。またウシガエルをはじめ世界の各地で大型ガエルが食用に供され,全長25cmに達するアベコベガエルの幼生も現地では市場で売られている。ヒキガエル類の耳腺から分泌される毒液は蟾酥(せんそ)として古来漢方薬に用いられ,医用にも使用される。
カエル類はおとなしく愛される生物としてペットにされるものが多く,とくに熱帯産の美しいアマガエル類やヤドクガエル類には人気が集まる。飼育にはケージ内に水鉢と昼間の隠れ場所(植木鉢の半截など)を用意し,樹上生のものには鉢植えの植物や枝を入れる。餌はハエ,ミールワーム,コオロギなどの生きた昆虫類を与える。オタマジャクシは水槽や水鉢で飼育し,煮たホウレンソウ,レバー,カツオブシ,市販の魚用ペレットなどを与える。ツメガエルなど水生種は飼いやすく,幼生と同じ方法でよい。
執筆者:松井 孝爾
伝承と俗信
亡くなった人の魂がヒキガエルに化身するという民間信仰はオーストリアやドイツに見られる。日本のお盆に相当する11月2日の万霊節のころにはカエルの類をいっさい傷つけてはいけない。亡くなった人の魂がカエルになって故郷に帰ってくるからである。古代ギリシア人もヒキガエルが家を訪れるのは幸運の前ぶれとみなした。そのため不幸な人はわざわざヒキガエルを探してきて家でだいじに飼ったという。家つきの蛇と同じように家つきのヒキガエルは家を災難から守るといわれたいせつにされた。カエルはまた,まだ生まれていない幼児とされ,俗信によるとドイツの各地にある〈赤ん坊の池〉でカエルの姿をした幼児が泳いでいる。コウノトリはこれを運ぶ使者なのである。このため子宝に恵まれない婦人は鉄でつくったカエル(子宮を表すという説もある)を聖ファイトVeit(ラテン名ウィトゥスVitus,祝日6月15日)にささげて祈願する。グリム童話などにもカエルに姿をかえられた王子の話は多い。カエルの鳴声は雨が近いことを教える。カエルが雨を呼び寄せる力をもっているというのでボヘミア地方のピルゼンでは雨乞いの儀式にカエルを使う。またカエルが春早く鳴くと木々が早く緑になる。カエルに初めて会うとき,それが陸上にいると幸せな1年が約束され,水の中だとその年は涙を流すことが多いという。恋愛や幸福の魔法にカエルの骨は珍重された。ヒキガエルの粉は関節炎に効き,その死骸をワイン樽の栓の上におくとワインの味が増すとされた。
執筆者:谷口 幸男 日本では,カエルはカワズともいい,アマガエル,アカガエル,ヒキガエルなど種類が多い。カエルの鳴声は古くから人々に注意され,カエルが交尾のため多数群れ騒ぐのを〈蛙の合戦〉と考えたりしたが,江戸時代にはカエルの中でもとくに声がよいカジカガエルを飼育して,その鳴声を楽しむことが流行した。川端の親の墓が大水で流されまいかと心配した息子がカエルになって鳴く〈雨蛙不孝〉の昔話に見られるように,アマガエルが気圧の低下に伴って鳴き出すことは経験的に知られていた。水稲栽培を中心とする日本では,天水は重大な関心事だったので,降雨を予報するカエルは人々の注目を集めた。しかも,池や沼ばかりでなく水田にも多く見られ,害虫を食べて水田の保持にも役立ったので,カエルは田の神の使わしめと考えられた。吉野蔵王堂の〈蛙とび〉の行事をはじめ,カエルを田の神であるかかしの従者と考えたり,秋の収穫後死んだカエルの供養をしたりするなど,農耕儀礼とカエルとの関係は深い。カエルの降雨予知の力にあやかって,カエルの形に似た石を〈蛙石〉と称して雨乞いをしたり,カエルの大きな眼から連想して眼病の治癒をこの石に祈願したりした。江戸時代の随筆《諸国里人談》には鳥虫を殺すという摂津の〈蛙石〉が紹介されているが,これは殺生石の類らしい。動作が鈍く,外形と体色が不気味で,背中のいぼから有毒な粘液を分泌するヒキガエルについてはさまざまな怪異談が伝えられているが,一般的にカエルは醜怪ではあるけれどもユーモラスな動物とみなされていた。昔話においては,むしろ善玉として扱われる場合が多い。〈蛙女房〉ではタブーを破ったのは人間の夫のほうであった。〈蛙聟入〉ではカエルは神の子の仮の姿であったし,〈蛙報恩〉では娘を蛇から守るためにカエルが援助している。なお,カエルは殺してもオオバコの葉をかぶせておくと蘇生すると信じられたので,オオバコを〈カエルバ〉〈ガイロッパ〉などと称した。
→ガマ(蝦蟇)
執筆者:佐々木 清光 なお,子どもの疳(かん)の薬としてアカガエルを焼いて食わせるようなことはあったが,一般にはほとんど食用にされなかった。しかし,《応神紀》に吉野の国栖人(くずぴと)はカエルを煮たものをごちそうとし,〈毛瀰(もみ)〉と呼んでいるとあるように,一部の地域ではカエルを食べる風習をもっていたと思われる。
執筆者:鈴木 晋一
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