翻訳|fairy
西洋で信じられている超自然的存在,精霊。英語のフェアリーという語はラテン語fatum(運命)より派生。ラテン語動詞fatare(魔法にかける,魅惑する)より中世フランス語faerが生成し,さらにféerieとなって英語に入り,さまざまな形を経てfairyに定着した。E.スペンサーが《神仙女王》(1590-96,未完)で初めてfairyを想像の国を指すものとして用い,そこに住み,不思議な力を有するものの意ともなった。一説にはペルシア語のperiから由来したともいわれる。現在では超自然の生き物を代表的に総括する語となり,アングロ・サクソンやスカンジナビアのエルフ,ハイランド地方のデーネ・シー,アイルランドのトゥアハ・デ・ダナーン,ウェールズのティルウィス・テグなどもこの範疇に入る。
17世紀のパースシャーの牧師R.カークは著書《見えざる国》(1691)で,当時の人々の妖精に対する考えを次のように記録している。妖精は知的に優れ,軽く形の変えられる体からできており,凝縮した雲のような存在である。体を動かす精神の作用を受けやすく,出没自在で液体を吸収しやすい希薄で乾燥した体のため,食物のエッセンスをとるだけで十分であり,カラスムギ,ミルク,肉などの実質を盗むといわれる。身体の大きさは成人から3歳児ほどの背丈のもの,ケシ粒やアリぐらいのもの等さまざまで,大きさを自由に変えられる。外見は概して人間に類似しており,各国各地方特有の服装,すなわちスコットランドではタータンチェック,アイルランドではリンネルのチョッキを着ているが,〈緑の上着をきて赤い三角帽子に白いフクロウの羽根を付けている〉のが一般的な服装になっている。ある者は飛行するときや水中にもぐるときには赤や青,白の帽子をかぶるとか,光る白い服や黒い網のガウンを着,ジギタリスの帽子をかぶるともいわれ,これらの服装は総じて木の葉やクモの巣,鳥の羽,木の実等自然の保護色を帯びたものが多い。性質はいたずら好きで怒りっぽく気まぐれで楽天的で,人間に対し善には善,悪には悪をもって報いる。月夜の草原で真夜中,食べたり歌ったり踊ったりの祭りが好きで,踊った後の草の上にできる輪の跡を〈妖精の輪fairy ring〉といい,夜明けの草の葉末の光る薄いクモの糸は妖精の夜なべの織り仕事といわれる。馬に化け背中に乗せた旅人を沼に落としてだましたり,皿洗い,醸造,麦刈り,脱穀等の台所や畑仕事の手伝いをするが,御礼に一杯のミルクを窓辺に置かぬと青あざになるほどつねるし,妖精にとって神聖なイバラを抜いたりすると怒って矢を射かける。お産の手伝いに人間の産婆を連れて行くが,すみかを見られぬように産婆の目に塗り薬をつけるといわれる。産んだ子どもが醜ければ美しい人間の子の代りに丸太や300年たったしわくちゃの小人の赤ん坊の取替子を置いてゆく。ときおり自分たちの血統を良いものにするために,人間の娘をさらって花嫁にすることがある。丘の緑の斜面で妖精たちが売り買いしているのが見え,近づくと押されたり突きのけられたりするのを感じるが,何も見えず,これは妖精の市であるといわれる。妖精の好む木はリンゴ,ハシバミ等実のなる木,ナナカマド,ニワトコ,ハンノキ,ニレノキ,サンザシ等においの良い花を付ける木,またオーク,トネリコ,イバラは不思議な力を持つ木で妖精と深い関係があり,むやみに抜けば災害があると信じられている。妖精の忌み嫌うものは,鉄,鶏,聖水,聖書,塩水,魚や油の腐った水,人間の汚水といわれ,戸口に馬蹄を打ち付けて置けば妖精の復讐を防げると信じられている。まばたきの間にしか妖精は見えないが,アイルランドでは四つ葉のクローバーを頭に乗せれば見えると信じられている。
W.B.イェーツによればアイルランド語で妖精はsidheといい,小高い丘や塚を意味する語と同じで,妖精の出没する場所の意から妖精そのものとなり,妖精の男はfer-sidhe,女はbean-sidheで,妖精族はsidheóg。イェーツはさらに古代アイルランドの《アーマハの書》を引いて,妖精とは〈救われるほど善くもないが,救われぬほど悪くもない堕天使〉であり,あるいは古代の巨人神族トゥアハ・デ・ダナーンがもはや崇拝もされず供物も捧げられなくなり,しだいに小さくなって妖精となり,ミレシア族に追われて海のかなたに逃れ〈常若の国〉や地下の国にも隠れ住むようになったという言い伝えを記している。イェーツはこの妖精種族を次のように二大別している。(1)群れをなす妖精。人間の男や女と同じように家族,社会,国家を形成し,群れをなして暮らす妖精たちで,陸にいるものはsidheog,水中にいるものはmerrow。(2)一人で暮らす妖精たちで,たった一人で群れから離れて生活し,個性が強い妖精たち。例えばバンシー,レプラコーン,プーカ,ガンコナー,ファー・デアルグ,ラナンシー等。ドラットルFrolis Drattle(1880-1950)は,原始時代の人々は自分を取り巻く自然環境や現象を擬人化し,太陽,風,木々,水に精霊の存在を感じて,そうした超自然の生き物たちに敬意を払っていたところから,妖精信仰は生まれたという。またインド・ヨーロッパ語系諸族に征服される以前のイベリア人など先住民族の記憶,あるいはこの世に再び戻って来た死者の魂とも妖精は関連があるとして,根源的な所では同種としながらも次の3種類に分けている。(1)ケルトのフェアリー,(2)チュートンのエルフ,(3)アーサー王伝説のフェ。また,ブリッグスKatharine Briggs(1899-1980)は前掲の2者の分類を基にさらに,神話伝説の神や妖精の国を訪れ超能力を得た英雄たちも妖精とし,(1)国を作る妖精 (a)英雄妖精,(b)群れをなす妖精,(c)親しみやすい妖精,(2)守護妖精,(3)自然の妖精,(4)怪物,魔女,巨人の4種類に分類している。
→ニンフ →妖精物語
執筆者:井村 君江
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
人間界に密接した世界に住み、変幻自在の超自然的な存在。その美醜、大小、善悪などの性状は地域や時代によって甚だ異なるが、一般にはきわめて人間に近い姿や性質をもち、良心や節操に欠けることが多く、気まぐれで、人間からの親切には大げさな返礼をし、じゃけんにされると手ひどい仕返しをするという。近世まではどちらかといえば邪悪な存在として恐れられたが、童話や漫画によって美化されてしまった。英語のフェアリーfairy、フランス語のフェféeやドイツ語のフェーFeeなどは、ラテン語のファトゥムfatumつまり運命の女神に由来し、半神的性格を伝えている。したがって、ギリシア神話に登場する海、川、泉、森、丘などに住む美しい女精ニンフや、オデュッセウスを誘惑した半女人半鳥のセイレンも妖精のなかに含めることができよう。ペルシア神話では天使のように飛翔(ひしょう)するペリ、スラブ世界では凶悪このうえないババリジャガ、スカンジナビアの醜悪・巨大なトロール、そしてわが国のすだま(木の精や山の霊)、アイヌ伝説のコロボックルなども妖精と考えられよう。
イングランドのロビン・グッドフェロー(別名パック)、スコットランドのブラウニー、ドイツのコボルトなどは、人家もしくはその近くに住み、夜になると人知れずその家の仕事をするといわれる。コーンウォールにすむピクシーは気まぐれな小人で、赤いとんがり帽子に緑の服を着た姿で一般に知られ、一説に洗礼前に死んだ嬰児(えいじ)の魂という。アイルランドのレプラコーンはいつでも片方の靴だけをつくっている靴屋の妖精であり、また同地には緑衣をまといグレーのマントを羽織った女精バンシーがいて、死ぬ運命になった人の服を川岸で洗いながら泣くといわれ、その声が聞こえると身近に死者が出ると人々は恐れた。馬の姿をしたケルピーはスコットランドに住み、旅人を水の中に引きずり込んだり、夜、水車を回したりする。ノウムとかノッカーとかいわれる妖精は地中にいて、地中の宝を守ったり、鉱脈のありかを知らせたりするという。
妖精の存在については、支配民族の前に住んでいた原住民、キリスト教の到来によって抑圧された異教の神々、死の世界に住む住人たちなどいろいろな解釈がなされている。ただ善良で親切な、またはかわいく美しい妖精の姿は、近世以後のおとぎ話、童話、漫画などの所産であって、それまでは悪魔や魔女と同類視され、きわめて恐れられた存在であった。とくにチェンジリングといって、生まれたばかりの嬰児がさらわれ、妖精の子とかえられてしまうという恐怖が根強くあった。
アーサー王伝説で、王の妹モルガン・ル・フェーは魔力によって王を助ける妖精であり、アリオストの『狂えるオルランド』にも登場する。スペンサーの『妖精女王』、シェークスピアの『真夏の夜の夢』では妖精が主役的役割を果たしている。
第二次世界大戦中の原因不明の飛行機事故は、しばしばグレムリンという新参の妖精のせいといわれた。
[船戸英夫]
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…以後もワーグナーは自作のオペラのすべてを自分で作詞している。34年には第2作の《妖精》をビュルツブルクで,36年には第3作《恋愛禁制》をマクデブルクで完成した。この年,女優ミンナ・プラーナーと結婚したが,この結婚生活は不幸に終わった。…
…チュートンの民間伝承に属するドワーフ(小人)系の妖精。各国中世伝説にさまざまな姿で現れている。…
…小人は地中や岩の間に住み,姿は小さく醜いが,鍛冶に長じ,よい武器やみごとな装飾品をつくる。神々はまた妖精alfrたちをつくった。円い大地のまわりは深い海が取り巻いていて,海岸沿いのヨートゥンヘイムとウートガルズに悪い巨人らが住む。…
…狭義では妖精の登場する超自然的な物語を,広義では概して子ども向けの,空想と不可思議にみちた文学作品(ドイツ語の〈メルヘン〉や日本語の〈おとぎばなし〉に近い)を指す。古くはヨーロッパ諸民族の神話や伝説,また《千夜一夜物語》のような伝奇にもその先駆があるが,中世以来,独自の口承文学のジャンルとして発展し,しだいに文章化されるようになる。…
※「妖精」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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