民族服ethnic costumeとは、人種・言語・宗教・歴史など自然的ないし文化的同質性をもつ集団の人々が着用する普遍的な衣装で、民俗服をも含むより広い概念で用いられ、それが国家を形成する精神的同一民族によって着られる場合は、しばしば国民服national costumeともよばれている。これに対し民俗衣装folk costumeは、民間の習俗として伝わる衣装である。一般には非都会地域での民衆の服装で、しばしば農民服peasant costume、郷土服rural costume、地方服regional costumeなどともいわれ、都会的な流行服つまりファッションへの対概念として使われる。
[石山 彰]
中国服は、17世紀なかばに満洲族からなる清(しん)朝の成立によって生まれた胡服(こふく)(北方諸民族の衣服)系の旗袍(チーパオ)のことであり、20世紀まで続いたが、袍(パオ)ないし衫(サン)という上着と褲子(クーツー)というズボンからなっている。ほかに馬掛児(マーコワル)という短衣と背心(ペイシン)というチョッキが着られた。人民共和国になってからは、民国時代の中山服や人民服、工人服などが着られたが、1980年代になってからはしだいに復古傾向もみえてきた。
[石山 彰]
胸前に結び紐(ひも)のあるチョゴリ(襦)という短い上着と、チマ(裳)という長い巻きスカートの組合せからなる女性服によって代表される。男性はやや長めのチョゴリにバチ(袴)をはき、ツゥルマギ(周衣)という外套(がいとう)が着られた。周衣は女性にも着られる。
[石山 彰]
民族衣装たる小袖(こそで)は、一般には着物、和服、長着ともいわれる。元来、飛鳥(あすか)・奈良時代に導入された中国大陸の隋(ずい)・唐の服制が、平安後期になって日本化し、鎌倉・室町を経て簡易化し、桃山・江戸になって大成したものである。形が単純平板であるだけに、着装の技術には困難を伴う。
[石山 彰]
東南アジアの民族衣装には二つの系統がある。中国系と巻衣系である。ベトナム女性のアオザイは中国系の典型であり、一方ミャンマーの僧の黄衣(おうい)や、一般男女の腰衣ロンギー、マレーシアのサロン、インドネシアのスレンダン、スタゲンなどは巻衣系の例である。インドシナ半島北部山岳地帯に居住する少数民族の衣装は、中国雲南省などの少数民族と同様、特有である。また18世紀からスペインの支配を受けたフィリピンには独特の折衷様式が生まれた。男性のシャツであるバロン・タガログや、女性のカミサ(またはパニエロ)とサヤ(スカート)などがそれである。
[石山 彰]
女性はチョリというぴったりした短いシャツと、ガーグラというスカートをはき、サリーを着る。サリーは元来ヒンドゥー教徒の女性服で、地域ごとに異なった着方がある。男性はチョガというチュニックに、細目のズボンをはき、ターバンを頭に巻く。パキスタンのイスラム教徒女性は、シャルワールというだぶだぶのズボンに、カミーズまたはワルタという緩やかな上着を着る。
[石山 彰]
草原地帯の人々を代表するものには、胡服系の袍(パオ)を着るモンゴル人がおり、山間牧地の人々には、和服に似たゴーを着るブータン人や、同系の衣服を着るネパール人がいる。またオアシス地帯には、トンボン(ズボン)をはいてその上からチュニックを着るアフガニスタンの人々がおり、女性は頭からブルカまたはチャダール(いずれもベール)をかぶる。
[石山 彰]
中世から20世紀に至るオスマン帝国支配時代の影響を受けて、服装はトルコ・イスラム的である。トルコ的なものには、カフタンという長衣とズボン、それにトルコ帽をあげることができる。カフタン系の衣服は中央アジアから東アジアにかけ分布している。ズボンには二つの系統がみられ、一つは足首に向かって細まる日本の裁着(たっつけ)型のズボン、もう一つは足首で袋状に縛ってある緩やかな軽衫(かるさん)型のズボンである。トルコの男性は、シャツにズボン、またはチョッキに長袖のボレロ風上着を重ねて前記のうちのいずれかのズボンをはき、腰にはサッシュ(飾り帯)を巻く。イスラム系衣服の典型は、緩やかな長衣と、ターバンやベールに代表される。長衣はトベまたはジェラバとよばれて男女に着られ、その上にアバとよぶ外衣が着られる。男性用のケフィイエとよぶベールと、それを輪留めにするアガールは彼らの象徴である。これに対する女性用のベール、チャドルは近代化とともにしだいにかぶられなくなりつつある。とはいうものの為政者によって復活させられることもある。
[石山 彰]
ヨーロッパが、地域的・国民的特徴を服装上にもつようになるのは、いわゆるルネサンスになってからで、わけても東欧と北欧はヨーロッパの民族衣装に重要な意味をもつ。東欧はハプスブルク帝国時代からの絶えざる他民族との接触と対抗によって、みごとな民族衣装を開花させ、一方、北欧は近代化のなかから、早くも民俗文化に対する再評価を提唱し、民俗学の開拓者となったからである。
[石山 彰]
女性服の基本は長いガウンか緩やかなワンピース、それにエプロンという姿である。男性服も裁断は単純である。最大の特色は、男女服ともに細部装飾が綿密なことにある。もっとも華やかな衣装は、東西文化の境界領域ともなったハンガリー、チェコ、スロバキア、ポーランドなどにみられる。ロシアの代表的民族衣装は、女性ではサラファン、男性ではルバシカである。ほかにカフカス地方の男性の、胸に弾帯のある長コートなどがある。ポーランドでは、南部の旧首都クラクフ地方と現首都ワルシャワ地方ウォビッチの多彩な縞(しま)の衣装が代表的である。チェコとスロバキアでは、ボヘミアとスロバキアのレース飾りの衣装、モラビア地方では刺しゅうの装飾衣装が著名である。ハンガリーでは山岳地方メゼーケベジュドの衣装と中部大平原の牧童の衣装がとりわけ知られている。他のスラブ系諸国やバルカン諸国の民族衣装は、概してラテン風であるかトルコ風であるかのどちらかといえる。
[石山 彰]
他のヨーロッパ地域と同様、女性の基本的服型はブラウスまたはシュミーズにスカート、それにボディス(胴着)やジャケットであり、男性の多くは18世紀末の服型をとどめている。ノルウェーではハルダンゲル、セテスダールが、またスウェーデンではレクサンド、レトビックなど中心部の豊かな地域の衣装が知られている。またデンマークでは、ユトランド半島西側、北海のファーネ島の女子服が知られていたが、現今では消滅した。スカンジナビアの北極圏にはよく知られたサーミ(ラップ)人がいる。もともと男性は、トナカイのチュニックとズボンを着用したが、いまは鮮やかな色のブレードのあるウールのチュニックを着て、独特の帽子をかぶる。オランダのフォーレンダムとマルケン島には17、18世紀の服型を継承する衣服をまとった人々の住まう野外博物館がある。北海に面するゼーラントの民族衣装も独自である。ドイツの民族衣装は、西部よりは東部に、低地地帯(北部)よりは高地地帯(南部)に特色を残している。東部ではアルテンブルク、シュプレーワルトなどが、西部ではバイエルンやシュワルツワルトなどの衣装が代表的である。イギリスではもっとも伝統のあるスコットランドのキルトとウェールズ地方の衣装が知られている。フランスではブルターニュとアルザスなど丈高い独特の被(かぶ)り物に象徴され、スイスは州ごとあるいは地方ごとにきわめて多種多様である。オーストリアは山岳地帯に民族衣装の特徴がみられる。
[石山 彰]
ひと口でいえば、トルコ的、イスラム的であるか、極端な寛衣か巻衣かプリミティブであるかのいずれかである。もっとも、巻衣の類にはポンチョや袈裟(けさ)衣などが、またプリミティブなものには腰衣なども含まれる。エジプトから西サハラに及ぶ北アフリカのうち、とりわけトルコの影響が強いのはチュニジアとアルジェリアであり、その他の北アフリカはほとんどがイスラム的である。それは男性のターバンや女性のハイク(ベール)もしくはシャルワール(緩やかなズボン)によって代表される。ほかにトベ(緩やかな長衣)やバーヌース(マント)などがある。スーダン、エチオピアなどのアフリカ北東部では袈裟衣と寛衣が多く、ケニア、ウガンダなどのアフリカ東部では袈裟衣と腰衣が多い。一方、セネガル、ギニア、コートジボワール、ナイジェリア、コンゴ民主共和国(旧ザイール)などの西部アフリカと中部アフリカは、概してプリミティブな衣装か巻衣形式かのどちらかである。ジンバブエ、ザンビアなどの南部アフリカでは元来腰衣が中心になっていた。
[石山 彰]
カナダではイヌイット、北アメリカではアメリカ・インディアンとよばれる諸先住民が代表的である。メキシコ、グアテマラなどの中央アメリカは民族衣装の宝庫であり、一方またエクアドル、ペルーなども歴史とともに南アメリカ民族衣装の宝庫といえる。またオセアニアには、パプア・ニューギニアをはじめとして、腰衣中心のプリミティブな民族衣装がみられる。
[石山 彰]
『田中薫・田中千代著『原色世界衣服図鑑』(1961・保育社)』▽『田中薫・田中千代著『世界のきもの』(1965・保育社)』▽『ラシネ著、石山彰監修『世界の服飾Ⅰ 民族衣裳』(1976・マール社)』▽『ラシネ著、石山彰監修『世界の服飾Ⅱ 民族衣裳』(1977・マール社)』▽『テレサ・カルヴィツカ著、石山彰監修『ポーランドの民族衣装』(1977・恒文社)』▽『石山彰・浦野米太郎著『切手にみる世界の民族衣装』(1978・文化出版局)』▽『スノードン著、石山彰訳『ヨーロッパの民族衣装』(1982・文化出版局)』▽『『ハンガリーの刺繍と民族衣裳(季刊装飾デザイン6)』(1982・学習研究社)』▽『芳賀日出男著、石山彰解説『世界の祭&衣裳』(1983・グラフィック社)』▽『稲村哲也著『メキシコの民族と衣裳』(1983・紫紅社)』▽『石山彰監修『チェコスロバキアの民族衣裳』(1983・恒文社)』▽『福本繁樹著『南太平洋・民族の装い』(1985・講談社)』▽『中嶋朝子・羽生清・松本るり江著『チェコスロヴァキアの民族衣裳』(1987・源流社)』▽『中嶋朝子・福井貞子著『ギリシアの民族衣裳』(1992・源流社)』▽『ブルガリア国立民族学博物館編『ブルガリアの民族衣裳』(1997・恒文社)』
…服装が時代によってなぜ,どう変化するかをみていくのが〈服装史〉だとすれば,服装が地域によってなぜ,どう異なるかをみていくのが〈民族服〉の研究であるといえる。それはまた,一方では国際的流行服に対応するものとして,広義には民族衣装national costumeを,狭義には山村僻地(へきち)に遺存する一種の郷土的民俗服folk costumeを指し,ときには農民服peasant costumeと呼ばれる場合もある。交流のはげしい西洋の服装では,元来民族服と民俗服間の厳密な区分は存在しないとみてよく,それらは主として中世服を基調に成立し,近世において変化づけられたものが多い。…
※「民族衣装」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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