所得税は確定申告による納税をたてまえとするが、特定の所得については、納税義務者以外の第三者に所得税を徴収させ国に納付させる方法もとられていて、この方法を源泉徴収とよんでいる。日本の税法では、源泉徴収という用語は所得税に対してのみ用いられており、源泉徴収も含めて、納税義務者以外の第三者に租税を徴収させ国に納付させる方法を徴収納付といい、国税通則法では、徴収納付の方法で徴収される国税を「源泉徴収等による租税」とよんでいる。また、地方税法においては徴収納付のことを特別徴収とよぶ。源泉徴収等による国税は、源泉徴収にかかわる所得税、有価証券取引税法の規定により徴収して納付すべき取引所税をいう。地方税では特別徴収が、地方税の徴収において便宜を有する者にこれを徴収させ、かつ、その徴収すべき税金を納入させることをいう。
所得税の源泉徴収は、第二次世界大戦前から一部の所得については行われたが、現行制度のような源泉徴収制度が導入されたのは1947年(昭和22)の税制改革の際である。今日では、次のように源泉徴収を行う所得と、その源泉徴収税率とが定められている。
(1)利子所得については15%、配当所得には支払いの際に支払額の20%に相当する所得税が、利子および配当の支払者により徴収される。
(2)給与所得については、給与額と扶養家族数に応じて税額がただちにわかるような表がつくられており、これに基づいて源泉徴収が行われる。給与所得についてはさらに年末調整の制度がとられているので、大部分の給与所得者は、確定申告の必要はない。
(3)退職所得については、税額表によって徴収すべき税額が求められるが、受給申告書を提出しなかった者については20%の源泉徴収税率が適用される。
(4)公的年金については、公的年金等の金額から定める金額を控除した残額に、5%(その他公的年金等にあっては、10%)の税率を乗じて計算した金額とする。
(5)特定の報酬または料金(原稿料、講演料、作曲料、弁護士・公認会計士などの報酬、映画・テレビの出演料など)については、一定額の控除をした残額に対して10%ないし20%の源泉徴収が行われる。
(6)生命保険契約等に基づく年金についても、政令で定める共助をした残額に対して10%、定期積立金に対する給付補填(ほてん)金、利息、利益または差益の支払いに対しては15%、匿名組合契約に基づく利益の分配の支払いに対しては20%の源泉徴収税率が適用される。
(7)非居住者または法人の国内源泉所得に対しては、所得の種類に応じて20%、10%、15%の率で源泉徴収される。
納付の期日は、徴収した日の属する月の翌月10日までとなっている。なお、2007年度(平成19)においては、所得税総額16.1兆円のうち源泉徴収税額は12.9兆円、申告所得税額は3.2兆円で、所得税額のなかでは源泉徴収税額が80.4%を占めた。また、国税税収総額51兆円のうち、源泉所得税の占める比率は25.3%である。源泉徴収税額のなかでは給与所得の源泉徴収税額がもっとも多く、源泉徴収税額総額の65.7%を占め、ついで配当所得等が16.3%、報酬、料金等所得が8.0%、利子所得等が4.2%を占めている。グローバル化の進展に伴って、非居住者所得の源泉徴収税額も2.6%を占める。
所得税の源泉徴収は、アメリカ、イギリス、ドイツなど所得税を徴収している国ではほとんど採用されているが、日本の給与所得における年末調整のように、最終的な税額の決定まで徴収義務者に行わせている例は少ない。ドイツにおいても年末に調整することになっているが、イギリスにおいては給与の支払いのつどに調整することになっていて、年末調整はない。また、アメリカでは年末調整という制度はなく、源泉徴収額と税額との精算は納税者が確定申告において行う。フランスでは源泉徴収は行われないが、前年の税額が一定額以上の納税義務者には、年2回、3分の1ずつを予納する義務が課される。
日本の現行制度については、徴税が確実で能率的である、所得の発生と納税の時間的ずれがほとんどなくなり所得税のビルトイン・スタビライザー(自動安定装置)機能を高める、分割されるので納税しやすい、などの利点があげられる。他方、徴税義務者には大きな事務的負担になること、特定の所得に対してだけ源泉徴収が行われるため総合課税が困難になること、給与所得者は必要経費の控除や所得の捕捉(ほそく)率などの面で結果的に不公平な扱いを受けていること、などの問題点が指摘されている。徴税には税務行政にかかる費用に加えて、納税者が税法に従って正確な税額を収めるために必要な費用が含まれる。源泉徴収制度は税務行政費用は節約するが、所得の発生する企業等にコンプライアンス(法令遵守)費用を負担させている側面も忘れてはならない。また、所得捕捉率の格差にかかわる不公平感については、源泉徴収制度を廃止するのではなく、源泉徴収の対象とされない他の所得を、納税者背番号制の導入等の納税環境の改善により対応することが検討されている。
[林 正寿]
租税の徴収方法のうち,税を実際に負担する本来の納税義務者以外の第三者に租税を徴収させ,これを国または地方公共団体に納付させることを徴収納付というが,源泉徴収とは,そのうち第三者が給与等の支払いの際にその一定割合を所得税として天引きし,それを原則として,徴収の日の属する月の翌月10日までに国庫に納付することをいう(所得税法181条以下。なお〈特別徴収〉の項参照)。日本における源泉徴収は,1899年に当時の第2種所得のうちの公債・社債利子所得について行われたのに始まり,1940年にその対象が勤労所得や退職所得にまで拡大された。しかし源泉徴収制度が広く所得税に導入されたのは47年の税制改正以降であって,今日では,(1)利子所得,(2)配当所得,(3)給与所得,(4)退職所得,(5)事業所得または雑所得に属する所得のうち報酬または料金(たとえば,原稿の報酬,講演料,弁護士などの報酬または料金,社会保険診療報酬,野球選手や外交員の報酬または料金,映画・演劇・テレビジョン放送の出演や演出等の報酬または料金,ホステスの報酬または料金),野球選手の契約金,広告宣伝のための賞金などについて源泉徴収が行われている。給与等の支払者が負う源泉徴収義務は,本来の納税義務者の負う所得税の申告や納付の義務とは別個の独立した義務であって,源泉徴収が適法になされないときには,徴収義務者に延滞税や加算税が課される。
所得税の源泉徴収は,アメリカ,イギリス,ドイツ,フランスをはじめとして所得税を徴収する大部分の国で採用されているが,多くは本来の納税義務者が確定申告で税額を清算する方法をとっており,日本の年末調整のように最終的な税額の計算まで給与等の支払者に行わせている例は,イギリス,ドイツなどにみられるにすぎない。日本の源泉徴収制度については,徴税が確実で費用を節約できる,国の歳入の平準化に役だつ,税額が分割されるので納税者にとっても納付が容易になる,年末調整によって複雑な確定申告手続を省略できるなどの利点があげられる一方で,個々の所得ごとに収入金額をもとに徴収額を計算するので必要経費の控除や総合課税ができない,徴収義務者の負担が大きい,徴収税額に不服があるときの納税義務者の争訟手続が複雑であるなどの欠点が指摘されている。そのほかいわゆる〈クロヨン〉(九・六・四。税務行政上,給与所得者,事業所得者,農業所得者で所得の把握度がこのように違うとしてジャーナリズムなどで用いられる語)といわれるように,事業主や農家への課税が正確になされていない現状では,源泉徴収制度を通じて給与所得者のみが厳正に課税されていることへの不満も強く,いくつかの訴訟を通じて,源泉徴収制度が法の下の平等(日本国憲法14条)に違反するとの主張がなされている。しかし裁判所はこの主張を認めていない。また大部分の給与所得者の納税手続は年末調整で完了し,確定申告をする必要がないが,納税者の意思を尊重し自主的な申告を認めるべきであるという意見もある。
執筆者:畠山 武道
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
(浦野広明 立正大学教授・税理士 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
…すなわち,第1に,かつては,国家が私人に徴税を請け負わせる制度(徴税請負)等も存在したが,今日においては,国家ないし地方公共団体が直接徴税を行うのが原則である。ただし,現在も,納税義務者以外の第三者に租税を徴収させて,これを国または地方公共団体に納付させる徴収納付の制度が広く採用されている(所得税の源泉徴収や,住民税その他の地方税の特別徴収)。第2に,かつては,物納も重要な位置を占めていたが,近代国家の成立とともに金銭による徴収が主流を占めるようになった。…
※「源泉徴収」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新
10/1 共同通信ニュース用語解説を追加
9/20 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新