基本的人権の一つである社会権を代表する理念で日本国憲法25条に保障された権利。「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定め、第2項では国が社会保障や公衆衛生の向上と増進に努めなければならないと明記する。立法などにより具体的、現実的な権利が設定、充実されていくと最高裁の判例で解釈されている。最近は公的扶助や年金といった従来の制度に加え、雇用、子育てなど幅広い見地から制度の再構築を求める声が強まっている。
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立法・行政を通じて国民が国家に対して自己の生存または生活のために必要な諸条件の確保を要求する権利をいう。生存権の考え方の萌芽はすでに市民革命期の憲法にみられた。フランスにおいて,1791年憲法は,〈捨子を養育し,病弱な貧者を助け,壮健にして仕事をもたない貧者に労働を与えるために,公的救済の一般的施設が設立され,組織される〉と規定しており,1793年憲法は,〈公的救済は,神聖な負債である〉と規定して,生活困窮者の生活を配慮する国家の義務を認めていた。二月革命後の1848年憲法はより具体的に国家の義務を規定していたが,現代的な生存権が憲法上はじめて登場したのは,1919年のドイツのワイマール憲法においてである。ワイマール憲法の,〈経済生活の秩序は,すべての者に人間たるに値する生活を保障する目的をもつ正義の原則に適合しなければならない〉(151条1項)という規定およびこの規定の下での生存権に関する論議が,日本にも大きな影響を与えた。日本国憲法は,〈すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する〉(25条1項)と規定して,生存権を明確に権利として保障している。この規定は,日本国憲法制定の際衆議院の審議の段階で社会党の提案により加えられたものである。
生存権の法的性格に関しては,プログラム規定か,それとも法的権利かという問題が活発に論議されてきた。プログラム規定説は,憲法25条は国家の政治的・道徳的義務を定めたのにすぎず,直接個々の国民に対する法的義務を定めたものではないと解する見解である。プログラム規定説のあげる論拠は次の3点に要約できる。第1に,日本国憲法が予定している経済体制は資本主義体制であって,そこでは個人の生活維持はその自己責任においてなされることが期待されているのであり,社会主義体制において生存権が具体的権利となりうるのと根本的に異なるということである。第2に,生存権保障の方法,手続などについて憲法はなんら具体的に規定していないことである。第3に,生存権の具体的実現には必ず予算を伴うが,予算の配分は国の財政政策の問題であるから,生存権の具体化は政府の裁量事項であるということである。これに対して,法的権利説は,生存権の規定が国民の法的権利を設定し,それに対応して国家は法的義務を有していると解する見解である。今日の学説は,憲法25条が生存権を明確に権利として規定しているところから,生存権が裁判規範としての効力を有すること,すなわち法的権利であることについては異論のないところである。問題は,生存権を具体化する法律が存在しない場合にも立法の不作為の違憲性を裁判上争えるか否か,生存権を具体化するにあたって立法府や行政庁の裁量がどの程度認められるかということである。立法の不作為の違憲性を争う訴訟として,近時国家賠償請求訴訟が注目されている。また,立法府の裁量を広く認めると,法的権利説といっても結果的にはプログラム規定説に近いものになってしまうのである。
判例で,生存権の権利性が正面から争われたのが朝日訴訟である。この訴訟において最高裁の1967年の判決は,生存権を具体化する生活保護法に基づく厚生大臣の生活保護基準設定行為の適法性に関して,〈健康で文化的な最低限度の生活〉を抽象的な相対的概念として,その認定判断は一応厚生大臣の合目的的な裁量にゆだねられ,ただちに違法の問題を生ずることはないと判断して,生存権の権利性を後退させる考え方を示した。ついで,障害福祉年金と児童扶養手当との併給禁止を定めた児童扶養手当法の規定の違憲性が争われた堀木訴訟においても,最高裁判決(1982)は,憲法25条の具体化にあたって立法府の広い裁量を肯定して,違憲の主張をしりぞけている。
→生活保護
執筆者:中村 睦男
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生存または生活のために必要な諸条件の確保を要求する権利。これに類似することばとして生活権があるが、生活権は日常的な「生活」に関する権利であるのに対し、生存権は人たるに値する生活に関する権利で、法的に特定された意味をもち、社会権あるいは生存権的基本権の中心をなす権利である。
資本主義の進展は、貧富の差を激化させ、無産者の生活苦を増大させる傾向を内包しているが、このような状況のもとで、いかにしてすべての国民に人間らしい生活を保障するかということが20世紀の国家が当面したもっとも基本的な問題の一つとなった。生存権に関する規定が人権宣言に登場してくるのは、このような課題にこたえるためであった。生存権を定めた憲法の著名な例はワイマール憲法(1919)であり、そこでは「経済生活の秩序は、すべての者に人間たるに値する生存を保障する目的をもつ正義の原則に適合しなければならない」(151条)と規定した。この憲法はその後人権宣言の典型とされ、生存権保障の思想は、とくに第二次世界大戦後、全世界に普及するようになり、日本国憲法も20世紀の資本主義憲法として生存権を規定している。すなわち、「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」(25条1項)というのがそれである。この規定は初め内閣草案にはなかったが、主として社会党の主張に基づいて衆議院の修正で加えられたものである。国民の生存権の内容は法律によって定められ、国民はその法律を根拠にして、国民の生存に対する国の給付義務の履行を国家に対し要求することができる。この種の法律には、生活保護法、雇用保険法などがある。
そこでこれらの法律が、健康で文化的な最低限度の生活を満たすものでないと考えられたときに、憲法第25条を直接の根拠にして、それを要求できるのかどうか。このことが問題とされた有名な裁判事件として、朝日訴訟と堀木訴訟がある。最高裁判所は、それぞれの要求に対し、憲法第25条は国の義務を定めるにとどまり、個々の国民に対し具体的な請求権を認めたものではなく、生存権の実現は国会の裁量事項であるとして、その主張を棄却した。
[池田政章]
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…1957‐67年の10年間にわたり,憲法25条の保障する生存権とその制度的実現をめぐって生活保護基準内容などについて争われた訴訟。国立療養所で長期結核療養患者として入院中の朝日茂は,当時生活保護によって日用品費月額600円と給食付き医療給付を受けていたが,実兄から扶養料として毎月の送金1500円を受けるようになった。…
…しかし,その社会事業もいまだ貧困者対策としての域を出ず,慈恵的ないし恩恵的な色彩の濃いものであった。 このような社会事業は,やがて国民一般を対象とする生存権保障制度の一環としての社会福祉へ脱皮することになるが,その過程において重要な契機を与えたのは第1次大戦とロシア革命,1929年に始まる大恐慌,そして第2次世界大戦であった。第1次世界大戦とロシア革命は国民の生存権に関する規定をもつ世界最初の憲法であるワイマール憲法をはじめとして労働者の政治的経済的同権化を推進する諸施策を成立させる契機となり,大恐慌はこれまた世界で最初に社会保障という名称を冠した社会保障法Social Security Act(アメリカ)の制定(1935)をもたらした。…
…社会保障という用語がはじめて公的に用いられたのは,ニューディール政策の一環としてアメリカで成立した社会保障法Social Security Act(1935)においてであり,ニュージーランドの社会保障法(1938)がこれに次いでいる。しかし,社会保障が生存権にもとづく生活保障の包括的な制度として具体化されたのは第2次大戦後のことであるが,このような制度の展開に決定的な影響を与えたのは1942年のベバリッジ報告である。同じ年に,ILO(国際労働機関)が《社会保障への道》と題する報告書を発表し現代的な社会保障制度への道を示し国際的な啓蒙にのり出したこともまた注目されなければならない。…
…日本のナショナル・ミニマムは,憲法25条の〈健康で文化的な最低限度の生活を営む権利〉として端的に表現されているが,現実にはその水準をどのように特定するかが問題となる。現行の生活保護基準の低さが,憲法に定める生存権を侵害しているとして,朝日茂が国を相手どって提起したいわゆる朝日訴訟は,ナショナル・ミニマムの具体的な内容を問うものとして注目された。第一審判決において原告は勝訴したが,第二,三審では第一審判決がくつがえされ,憲法25条は抽象的な権利を示すプログラム規定であり,かつ保護基準そのものにも税金によるものであることに対する国民感情などの生活外的要素を考慮すべきである,などの判断にみられるように,日本ではナショナル・ミニマム論の本来的な意義は否定されたに等しい結論となった。…
…本文は2編に分かたれ,第1編はドイツ国の構成と任務,第2編はドイツ人の基本権と基本義務にあてられている。いずれも,きわめて詳細な規定からなるが,統治の機構としては,典型的な議会制民主主義体制を採用し,国民の権利については,一般的な市民的自由の保障のほかに,いわゆる生存権的基本権をも保障し,形式・内容ともに20世紀の新しい憲法として諸国に知られ,また大きな影響をあたえた。
[内容]
この憲法の内容についてみると,その重要な特質とみなされるものとして,第1に国民主権主義を採用していることがあげられる。…
※「生存権」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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