禅僧の説法,問答などを筆録する,口語文献の総称。今,ある個人の特色ある発言を集めて,語録というのは,その転化である。口語文献は,すでに《論語》や《孟子》をはじめ,六朝の逸話を集める《世説新語》に先例があるが,唐代以後,禅仏教の発展とともに,従来の訓詁中心の著述以外に,すぐれた師弟の日常茶飯の語を尊ぶ風が生まれて,新しい語録の編集が盛んとなり,禅仏教以外にも,多くの宋儒の語録があらわれる。いずれも,同時代の文学や歴史,哲学の書に大きく影響して,新しい個性の開発を助け,学問の方法を変え,その担い手を拡大するなど,近世中国文明の大きい特色の一つとなる。ただし,一方では,逆方向の定型化と,俗化の傾向を生むことを免れず,とりわけ禅の語録は対機説法を主とするために,ややもすれば論理性を欠き,第三者には理解困難なものが多いのを,ことさらに問答の前後を切りおとす,断章取義を珍重するのが一例で,いわゆる公案の語には,そうしたものが多い。
執筆者:柳田 聖山
禅僧が,中国禅宗の風習にならって,師の説法を筆録した文献。本来は師の年譜・伝記的色彩が強い。禅宗では論理的な思考を排し直観を尊ぶため,説法には比喩が多く,問答の形式がとられる場合が多かった。そこで弟子たちはこれをできるだけそのままの形で筆録し,あとで悟入の手がかりにしようとした。しかし説法などが禅宗寺院内で年中行事化し定型化すると,修辞法がさかんに用いられ,さらには筆録した文章を師のもとに提出して校閲を願う風習すら生まれたため,当初の生き生きとした宗教性が薄れ,文学作品と変わらない語録が多くなった。こうして師の年譜・伝記的部分は《……国師年譜》《……禅師行状》という書名の,語録とは別の文献になってしまった。また語録の構成も定型化し,一定の日に行われた上堂(じようどう)法語,必要に応じて行われた小参(しようさん)法語,葬礼・年忌の際の陞座(しんぞ)法語など,問答体の説法のほか,偈頌(げじゆ)や像賛・序跋などを含むものとなり,やがて文学性の濃い詩文は《……禅師外集(げしゆう)》の形で別個に編集されるようになった。このように南宋・元・明の禅宗の影響の下で発展した日本の語録は,文学作品としての傾向が強い。それでも道元(1253没)の死後まもなく編集された《永平広録》,鎌倉末期の《聖一(円爾)国師語録》や日本人としては初めて序跋をも収録した《無照(むじよう)和尚語録》などは,比較的宗教性が濃いとされる。室町時代になると,語録は文学作品と変わるところがなくなった。来日した中国人の高僧の語録には,《大覚禅師語録》(蘭渓道隆),《兀庵(ごつたん)和尚語録》(兀庵普寧),序跋類を多く収録した《大休念禅師語録》(大休正念),《仏光国師語録》(無学祖元),《一山国師語録》(一山一寧)などがあり有名である。
禅宗以外でも,《一遍上人語録》などや,近くは《毛沢東語録》のように個人の言行録を編集して語録と呼ぶ場合もある。
執筆者:益田 宗
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祖師の法話、説法、問答などの語を、その場に参随していた者が記録したもの、もしくは祖師の法語の記録類を集成したもの。書物に頼った観念的な知識の習得よりも、人格と人格との出会いによる体得を重視した禅宗で生まれ、語録が重視された。唐代の『臨済録』が代表的なものである。美辞麗句を用いることなく、道理を伝えることを目的にした筆録体の散文で記された。わが国では、法語のなかに語録をも含めて用いている。代表的な作品には、親鸞(しんらん)の法語を弟子の唯円(ゆいえん)が記録した『歎異抄(たんにしょう)』、口ずから伝えられた親鸞の法語を収める覚如(かくにょ)撰(せん)の『口伝鈔(くでんしょう)』、道元(どうげん)の説示を参随者懐弉(えじょう)が筆録した『正法眼蔵随聞記(しょうぼうげんぞうずいもんき)』、一遍(いっぺん)の法話の記録を後世になって集録した『一遍上人(しょうにん)語録』などがある。
[伊藤博之]
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…朱子学の大成者朱熹(しゆき)が門人たちと交わした座談の記録集。1270年,黎靖徳(れいせいとく)が記録者別のノート(語録という)を項目別に再編成したもの。全140巻。…
…如来清浄禅より,そうした祖師禅への脱皮は必然である。馬祖以後,師祖たちの言行をまとめて,語録とよばれる新しい型の本が登場する。語録は,経論の訓詁や,体系の書とは異なる,一人一人の個性の記録である。…
※「語録」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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