本国法主義(読み)ほんごくほうしゅぎ(英語表記)doctrine of nationality

改訂新版 世界大百科事典 「本国法主義」の意味・わかりやすい解説

本国法主義 (ほんごくほうしゅぎ)
doctrine of nationality

国際私法において自然人の属人法の決定基準として国籍を採用する主義。それを一般に住所に求める住所地法主義doctrine of domicileと対立する。中世ヨーロッパの法規分類学派以来,人に関する法は住所地法に服していたのであるが,フランス民法でその修正をみた後に,19世紀半ばにイタリアP.S.マンチーニを中心とする法の民族性を強調する立場学者が,民族性の基礎である国籍をもって属人法の決定基準たるべきことを主張した。国籍概念や当時の民族主義の動きの中で,この考え方が一定の修正を伴いながらも広くヨーロッパ大陸法系の諸国で採用され,ハーグ国際私法会議(1893以降)もこの原則を擁護するに至った。したがってこの考え方によれば,〈人の身分,能力〉はその人の国籍所属国,つまり本国の法に従うこととされる。しかしある法律関係に適用されるべき法律を定めるための基準(連結素)としての国籍は,現在では一方では必ずしも人の身分,能力に限られるわけではない。たとえば不法行為について場合に応じて当事者共通本国法を適用するということも主張されるとともに,他方では能力や相続についての本国法主義には疑問が呈されている。住所地法主義と比べた場合のこの主義の根拠としては,上に述べた法の民族的性質のほかに,国籍が固定的な性質を強く有しており,同時にその確認が容易であること等があげられている。法の民族性という考え方がもはや必ずしも維持されておらず,また最近の本国法主義の現実的機能に対する強い批判にもかかわらず今なおこの主義が根強く残存しているのは,国籍の有するこのような連結素としての優秀さに基づくものと考えられる。ほかにも政策的にみて移民派遣国は,その国民に対する法的支配を極力維持しようとしてこの主義を採用しているともいわれている。

 しかし人はその住所の設定によりその生活環境を選定するのであるから,属人法(属人法主義)はその住所を基準として決するのが本人の利益に合致するとか,私法秩序は必ずしも国家を単位として構成されるものではなくまた公法的基準である国籍を基準とすることは適当でない,あるいはまた人の身分,能力についての争いは通常住所地において生ずるのであり,その地の裁判所に管轄権が認められるのが普通であるし,第三者の利益を保護するためにも住所地法主義のほうがすぐれているなどの点から住所地法主義を支持する動きも強い。そしてまた最近は国籍とか住所という法律上の概念ではなく,〈常居所habitual residence〉という事実上の概念を用いることで一定の人の現実の保護を図ろうとすることがハーグ国際私法条約を中心に強く主張され,日本もすでに遺言の方式や未成年者の扶養義務に関するハーグ条約を批准した結果,常居所地法の適用を認めていたが,1989年の法例改正により補助的に採用された。ただしこの場合の常居所地法が属人法であるといえるかについては疑いがある。本国法主義の下では,国籍が国内管轄事項であるとして各国で独自の基準により決定される結果,重国籍や無国籍が生じ,それらの者の本国法が一つに定まらず,あるいはまったくないという現象が発生し,また関係する人が複数いる場合にそのいずれの本国法によるべきかという問題が生じる。これらも本国法主義の難点としてあげられているが,前者については現在の日本の国際私法である法例は問題の解決基準を示した(法例8条)。ただし,内国国籍優先など国籍の形骸化には十分な対処はできていない。また,不統一法国にも対処し,人際法についても改正法例は規定を置いた。後者につき法例は当事者のうちでその法律関係の中心をなす者の本国法を基準としてきたが,婚姻の効力,離婚などについてのいわゆる〈夫の本国法主義〉は男女平等の立場から批判をうけ,諸国の動向に応じその改正が1989年に行われた。すなわち,当事者に共通の要素が考慮されたのである(法例14条,16条)。

 現在の日本の本国法主義については実際上の空洞化が指摘され,国際的にもこの主義の衰退する傾向が認められるが,日本の改正法例や伝統的に本国法主義をとる最近の諸国の立法においても全面的否定は企てられておらず,むしろそれが基本的には維持されているといえる。主権国家体制に従い法制が基本的には国家を単位として整備され,特に大陸法諸国が一定の身分的私法関係に強度の利益を有し身分登録(〈身分登録制度〉)その他を通じて規律しようとしている以上,連結素としての国籍の性質からみてこの主義の即座の廃止は見込まれない。しかし人の国際的交流,移動が活発になるにつれて伝統的立場では必ずしも十分とはいえない当事者の身分の現実の保護,規律を図る必要性も増大しており,当分はたてまえたる本国法主義と常居所地法等の相互補完的体制が伝統的本国法主義の国で続くのではないかと思われる。
国際私法
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報