アルコール発酵(読み)あるこーるはっこう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「アルコール発酵」の意味・わかりやすい解説

アルコール発酵
あるこーるはっこう

微生物による炭水化物の無酸素的分解現象(発酵)の一種。酒精発酵ともいい、乳酸発酵とともに代表的な発酵の一つである。糖または多糖から最終的にエチルアルコールエタノール)と二酸化炭素(炭酸ガス)を生ずる反応で、次式により示される。

  C6H12O6―→2CH3CH2OH+2CO2
この作用をもつ微生物でもっともよく知られているのは酵母で、グルコースフルクトースマンノースマルトーススクロースサッカロース)を発酵しうる。一方、大部分の動物組織においてはアルコール発酵はおこらず、炭水化物は無酸素的に分解されて、乳酸を生成する。

[伊藤菁莪]

研究史

アルコール発酵は、有史以前から人類がアルコール性飲料やパン生産のために利用してきた自然現象であるが、その原因は不明のままで過ごされ、19世紀になってもビールをつくるときたまるビールの粕(かす)(酵母)は単なる化学物質にすぎないと考えられていた。しかし、1857年から1858年にかけてフランスの微生物学者パスツールにより、発酵は微生物によっておこることが発見された。ついで1897年ドイツの生化学者ブフナーが、細胞を含まない酵母抽出液によって発酵がおこることを発見し、発酵の原因をなしている物質すなわち酵素をチマーゼと命名した。さらにハルデンA. Harden(1865―1940)とヤングW. J. Young(1878―1942)は酵母汁によるアルコール発酵が継続するには無機リン酸が必要で、糖のリン酸エステルが生成することおよび酵母の絞り汁の限外濾過(ろか)液中に補酵素の存在することをみいだした。また、ドイツ生まれのアメリカの生化学者ノイベルクCarl Neuberg(1877―1956)らにより発酵過程の研究が進む一方、アルコール発酵と筋肉の抽出液によるグリコーゲン解糖がきわめて類似した経路を通ることが明らかにされた。発酵および解糖過程の解明には、ノイベルクのほか、ドイツの生理化学者マイヤーホーフやドイツの生化学者エムデンをはじめ、パルナスJ. K. Parnas(1884―1949)やO・H・ワールブルクら多くの研究者の努力が傾けられ、その分解経路は彼らの名にちなんで「エムデン‐マイヤーホーフ‐パルナスの経路」とよばれている。

[伊藤菁莪]

発酵過程

アルコール発酵の過程を要約すると、炭水化物がATP(アデノシン三リン酸)によりリン酸化されて六単糖二リン酸になり、これから2分子の三単糖リン酸が生ずる。さらにこれが酸化される過程で、2分子のATPをつくってピルビン酸になる。ピルビン酸は脱炭酸されてアルデヒドになり、さらに還元されて最終的にアルコールを生成する。発酵過程のエネルギー収支をみると、4分子のATPがつくられるが、最初の炭水化物のリン酸化に2分子のATPが使われるので、結局、発酵されたグルコース1分子当り2分子の新しいATPが得られることになり、生物はこの獲得したエネルギーで自らを維持し、成長し、増殖するのに必要な物質の合成を行うわけである。

 なお、細菌類のなかにはアルコール発酵以外の形式で糖を発酵するものがあり、乳酸発酵や酢酸発酵など種々の発酵形式が知られている。

 1980年(昭和55)ころから、稲藁(わら)、麦藁、バガス(サトウキビの絞り粕)、廃木材など再生可能な植物資源(バイオマス)から、微生物の働きを利用してアルコールを生産する方法が、エネルギーの再生産法として注目されている。

[伊藤菁莪]

『草野昭久著『エタノール工業』(1983・発酵工業協会)』『越智猛夫編著『図解 バイオテクノロジー2 醸造・発酵からリアクターまで――微生物・酵素利用の実際』(1989・農業図書)』『山中健生著『生化学入門』(1997・学会出版センター)』『生田哲著『バクテリアのはなし』(1999・日本実業出版)』『板倉辰六郎ほか監修、バイオインダストリー協会発酵と代謝研究会編『発酵ハンドブック』(2001・共立出版)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アルコール発酵」の意味・わかりやすい解説

アルコール発酵
アルコールはっこう
alcoholic fermentation

生物の無酸素 (無気) 的なエネルギー獲得反応系の一つであって,糖を出発物質として,最終産物としてエチルアルコールと二酸化炭素 (炭酸ガス) へと分解する。この間,糖1分子につき2分子のアデノシン三リン酸 ATPを初期に投入するが,後段で4分子の ATPを回収することにより,糖分解のエネルギーの一部分を捕獲する。エネルギー効率は 30%弱。乳酸発酵ないし動物組織の解糖に似た反応経路であり,差は,最後の段階が乳酸になるか,アルコールと二酸化炭素になるかということだけである。酵母に広く認められる代表的な無気エネルギー代謝経路の一つで,E.ブフナーが細胞を含まない抽出液で反応に成功した (1897) ことにより,現代の酵素反応研究の突破口の一つとなった。工業面ではアルコール飲料製造,パン製造の際に風味と伸びを与えるものとして広く利用されている。

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