日本大百科全書(ニッポニカ) 「ラブカン」の意味・わかりやすい解説
ラブカン
らぶかん
Gary Ruvkun
(1952― )
アメリカの分子生物学者、遺伝学者。カリフォルニア州バークレー生まれ。小さいときは天文学、無線通信に興味を抱き、カリフォルニア大学バークレー校では当初、電気工学を学ぼうとしたが、生物物理学に専攻を変更し、1973年に同校を卒業。南アメリカを放浪する旅を経て、カリフォルニア大学サンフランシスコ校で核医学技術者となった。1976年ハーバード大学医学部大学院に進み、1982年に生物物理学で博士号を取得。その後、ハーバード大学でウォルター・ギルバートのもとで、また、マサチューセッツ工科大学(MIT)ではロバート・ホルビッツのもとで、博士研究員として遺伝子制御の研究に取り組んだ。1982年から1985年までハーバード大学のジュニア・フェロー。1985年にハーバード大学助教授、1997年に同大学教授に就任した。
1985年ハーバード大学の関連医療機関であるマサチューセッツ総合病院に自分の研究室を開設し、遺伝子発現や、発生の仕組みを解明するのに適した線虫を使い研究を本格化。MITで知り合ったビクター・アンブロスと連絡を取り合いながら、線虫の遺伝子「lin(リン)-4」と「lin-14」の変異の関係について研究した。1990年代はじめ、アンブロスが、遺伝子lin-4が、22塩基程度のとても短いRNA(マイクロRNA)をつくり、そのマイクロRNAが、lin-14の働きを抑制し、タンパク質をつくりにくくしていることをつきとめた。そのメカニズムは不明だったが、ラブカンはlin-14がつくりだすmRNA(メッセンジャーRNA)を調べ、アンブロスが発見したマイクロRNAが、lin-14のmRNAに結合し、タンパク質の産生を抑制していることを明らかにした。二人の研究の成果は、1993年それぞれ別々の論文として、科学誌『セルCell』に同時に発表された。マイクロRNAが、遺伝子発現を制御していることを世界で初めて示したものだったが、科学界では「線虫だけの現象」ととらえられ、反響はほとんどなかった。
しかし、2000年にラブカンは、線虫から発見されたlet-7というマイクロRNAが、ヒトをはじめ、多くの動物などにみられることを科学誌『ネイチャー』に発表し、普遍的に生物の遺伝子制御にかかわっていることを証明した。実際に、マイクロRNAの異常が、がんや臓器の疾患を引き起こすことも解明されてきた。
ある個体のすべての細胞は同じDNAをもつが、臓器や組織によって、それぞれ形態や機能が異なる。それは遺伝子を調節する因子が作用しているためで、こうした仕組みについては1960年代から研究が進み、転写因子というタンパク質が関与していることはわかっていた。新たにマイクロRNAが遺伝子制御にかかわっていることが判明したことで、病気の治療や、医薬品開発が進むと期待されている。
ラブカンは、2004年ローゼンスティール賞、2008年ベンジャミン・フランクリン・メダル、ラスカー基礎医学研究賞、ガードナー賞、2012年国際ポール・ヤンセン生物医学研究賞、2014年ウルフ賞、2015年生命科学ブレイクスルー賞などを受賞。2024年「マイクロRNAとその転写後遺伝子制御の仕組みの発見」の業績で、MITのビクター・アンブロスとともにノーベル医学生理学賞を受賞した。
[玉村 治 2025年2月14日]