改訂新版 世界大百科事典 「イタリア料理」の意味・わかりやすい解説
イタリア料理 (イタリアりょうり)
イタリア料理の歴史はヨーロッパ諸国のなかでも最も古い。1世紀ごろティベリウス帝時代のローマの富豪といわれたアピキウスの著と推定される調理書が,写本で残されているし,ローマ帝政時代,属州から珍しい物産を集めて食事に贅の限りを尽くした貴族の生活ぶりは,当時の文献からも知られる。11世紀には,フォークがビザンティン帝国からベネチアに伝えられている。16世紀,カテリーナ・デ・メディチがフランスのアンリ2世に嫁いだときは,調理人まで連れて行ったばかりでなく,ルネサンスの中で開花したフィレンツェの食事文化をフランスの宮廷に紹介したといわれる。このようにイタリア料理は,西洋料理の先駆的役割を果たし,その後のヨーロッパ各国の食事文化に影響を与えてきた。
今日のイタリア料理を体系化したのは,P.アルトゥージが1891年に出版した《調理科学と食事法》によるところが大きい。中世以降のイタリアは,教皇領,王国,都市国家,大公国,伯領など無数の小国に分断され,料理も一部の都市国家や特権階級を除いては,自給自足経済に基礎を置く郷土料理であった。1861年,近代統一国家が成立すると,産業革命の影響も受けて,中世紀的雰囲気は一挙に崩れた。この時機に,アルトゥージはイタリア各地の郷土料理の境界を取り除いて,スープ,ミネストレ(パスタ,ポレンタ,リゾットなどの総称),オードブル,ソース,卵,パイ生地,詰物,揚物,ゆで物,煮物,冷製,野菜,魚料理,焼物,菓子,トルテ,シロップ,保存食,リキュール,アイスクリーム,その他の項目別に整理することによって現代イタリア料理の基礎を確立したのである。
イタリアはローマ帝国以来の歴史的背景と,地中海に突出している地理的条件から,その料理も多様性に富んでいる。たとえばヨーロッパ各国では,スペインのパエーリャのような例を除いて,パンを常食としているが,イタリアにはパン以外にパスタ,リゾット(米をタマネギとバターでいためブイヨンで煮こんだもの),ポレンタ(トウモロコシ粉をブイヨンで火にかけながら練った料理)がある。米はポー川の中流域平原に位置するロンバルディア州とピエモンテ州で生産され,トウモロコシはイタリア北部の傾斜地で生産されるため,リゾット,ポレンタの料理はイタリア北部に起源を発している。それに対してスパゲッティやマカロニなどの乾燥パスタがイタリア南部で常食とされたのは,硬質小麦の耕作地が,かつてはイタリア南部に広がっていたことと,機械生産以前のパスタの自然乾燥条件がナポリ周辺のカンパニア地方に備わっていたことに由来している。乾燥パスタの発展はまた,ナポリで成功したソース用トマトの品種改良を抜きにしては考えられない。17~18世紀と推定されるトマトソースの出現で,乾燥パスタ料理は急速に中部・北部へと普及していった。トマトソースはまたピッツァの普及にも大きく貢献している。ピッツァがいつごろ,どのように作られたのかは仮説の域を出ていないが,トマトをパセリ,アンチョビー,オリーブ油で煮こんでオレガノを加えたいわゆるピッツァソースがピッツァに塗られ,モッツァレッラチーズ(水牛の乳でつくるチーズ)をその上に散らした〈ナポリ風ピッツァ〉は,イタリア南部,ことにカンパニア州の州民の心をとらえた。歴史的起源を14世紀にまでさかのぼることのできる手打ちパスタは,イタリア北部,ことにエミリア・ロマーニャ州で今日もよく食べられている。基本的には小麦粉を卵だけで練り上げ,1mm前後の厚さの薄板状にのして,さまざまに切り,スープの浮身,詰物,グラタンなど,用途は多様である。イタリアは三方が海に囲まれている関係からフランスのブイヤベースに似た魚介類の寄せ鍋料理や,そのほか,エビ,カニ,イカ,タコ,アサリ,ムール貝,イワシ,マグロを使った料理も数多くある。おそらくヨーロッパで最も魚介類を食する民族であろう。
イタリアはまた世界有数のブドウ酒とオリーブ油の産出国である。食用油は,イタリア南部はオリーブ油,中部はラードとオリーブ油,北部はバター,ラード,オリーブ油の順に消費されているが,ブドウ畑はイタリア北部ピエモンテ地方から南部シチリアに至るまでほぼ均等に分散しており,こうした自然の産物がイタリア料理文化を形成しているといえる。フランス料理の統一化に比べてイタリア料理の方は大幅に遅れており,19世紀フランスで開花した料理の絢爛たる豪華さは,イタリア料理には見られない。いわば素朴な地方料理が,比較的修正を加えられずに今日あることに,イタリア料理の特質があるように思われる。
このようなイタリア料理が諸外国に伝わるのは,20世紀前後からである。アメリカに移民したイタリア南部の農民は,伝統的イタリア料理の食習慣を絶ちがたく,イタリアからパスタ食品を取り寄せながら,イタリア料理を定着させていった。日本では明治末期にマカロニが輸入された記録がある。しかしイタリア料理として親しまれるようになるのは,1970年代からである。ピッツァ,スパゲッティなどのパスタ料理が注目され,日本人のめん類嗜好と重なって定着した。
執筆者:木戸 星哲
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報