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オイラート Oirat

デジタル大辞泉の解説

オイラート(Oirat)

モンゴル系の一部族。モンゴル西北部に興り、の衰退後勢力を拡大。15世紀、エセンのとき全モンゴルを支配し、に侵入するなど全盛をきわめたが、16世紀に東方の韃靼(だったん)の台頭とともに衰えた。のち、その一部ジュンガルが王国を築いたが、に滅ぼされた。現在はモンゴルのほか、中国の新疆、ロシア連邦カルムイク共和国に住む。オイラト。

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百科事典マイペディアの解説

オイラート

オイラトとも。元が滅んだのち台頭したモンゴルの一部族。12世紀ころバイカル湖南部に住み,14世紀にアルタイ地方に移動。東のタタール部と対立。15世紀のエセンのころ全モンゴリアを支配し,最盛期を迎えたが,その死後分裂し,一部はボルガ河畔に移住した(カルムイク人)。
→関連項目新疆正統帝モンゴル相撲

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世界大百科事典 第2版の解説

オイラート【Oyirad】

モンゴル族の別派。カルムイク族とも呼ぶ。13世紀初,外モンゴリア西部およびジュンガリアにいたが,チンギス・ハーンに服属せしめられた。元朝崩壊後,東モンゴル族とオイラート族との間に対立抗争が激化し,15世紀前半にオイラート族のトゴン・エセン父子が東モンゴル族を制圧して全モンゴリアの覇権を握った。しかしその期間は短く,15世紀後半に入るとモンゴリアは再び混乱に陥った。オイラート族は外モンゴリア西部に依然勢力を保ち続けたが,16世紀後半に内モンゴリアのアルタン・ハーン一派の攻撃にさらされて苦境に陥り,このためイルティシ川上流域に塞(ひつそく)せざるをえなかった。

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大辞林 第三版の解説

オイラート【Oirat】

モンゴル系の一部族。一三世紀初めチンギス-ハンに服属。元の衰亡とともに勢力を増し、一五世紀エセンの時代に全モンゴリアを支配して明に侵入。一七世紀前半にジュンガル汗国を建てた。カルムック。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

オイラート
おいらーと
Oyirad

ロシア連邦のカルムイキア(カルムイキア・ハリムグ・タングチ)共和国、中国の新疆(しんきょう/シンチヤン)ウイグル自治区および青海省、モンゴルなどに分布するモンゴル系民族。瓦剌、衛拉特、斡亦剌とも書く。またカルムイク(カルムク)、エルート(額魯特、厄魯特)ともよばれる。13世紀にエニセイ川上流域に住み、チンギス・ハンに征服されたが、15世紀中ごろエセンが出て一時全モンゴルを統一した。16世紀後半にはホシュート、ジュンガル、ドルベート、トルグート、バートゥト、ホイトの諸部からなり、ドルベン・オイラートとよばれイルティシ川上流域に住んだが、内モンゴル族のアルタン・ハンに討たれて一時衰えた。17世紀前半にはホシュート部がオイラート全部を支配したほか、ホシュート部のグシ・ハンが青海地方へ進出してチベットをも征服した。17世紀後半にホシュート部にかわってジュンガル部が台頭、その部にガルダンが出てオイラート全部を統一し、東トルキスタンをも従えてジュンガル(準爾)王国を築いた。ガルダンは外モンゴル侵略を企てたことから清(しん)と争うようになったが、1697年敗死した。ついで立ったツェワン・アラプタン、ガルダン・ツェレンの代が王国の最盛期で、清とは和平関係を保ちつつ、西トルキスタン進出を図った。しかし1758年、王国の内紛に乗じた清のために滅ぼされた。[若松 寛]
『佐口透著『ロシアとアジア草原』(1966・吉川弘文館)』

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世界大百科事典内のオイラートの言及

【アルタイ族】より

…かつて北グループは森林のタタールと呼ばれた。また南グループはモンゴル系のオイラート(モンゴル語やアルタイ語ではオイロート),カルムイクの支配下にあったためカルムイクともオイロートとも呼ばれ,1922‐48年の間は行政区画がオイロート自治州と称されたが,48年以降ゴルノ・アルタイ自治州(1990年代初めからアルタイ共和国。1989年の人口19万2000,首都ゴルノ・アルタイスク)と称される。…

【ラマ教】より

…ボグドゲゲンは以後8代続き,1924年に廃止されるまで,外モンゴリアの政教両界の長の権威をほしいままにした。 オイラート族のラマ教もフフホトを経由して17世紀初めに初めて伝えられたものであるが,それにはフフホトの活仏トンコル・フトクトの布教によるところが大きい。オイラート文字の発明者としてモンゴル文化史上名高いザヤパンディタもこのフトクトについて出家したものである。…

※「オイラート」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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