翻訳|Cain
アダムとイブの長子。旧約聖書の《創世記》第4章に,その弟アベルAbelとの物語が記されている。農耕にたずさわるカインと牧畜をいとなむアベルは,各自の収穫物を神にささげるが,ヤハウェはアベルの供物を喜び,無視されたカインは怒り,弟を殺す。カインは神にエデンの東のノドNodの地に追放される。楽園追放から続く人間の堕落の物語であり,遊牧民族と定住農耕民族の抗争が背景にあるともみなされている。しかし美術にこの物語が登場する場合は明らかに,旧約聖書と新約聖書の対比とその一致という神学的観点からで,殺人者カインはユダヤ教徒を,アベルはキリスト教徒を象徴する。さらにアベルはキリストの予徴,彼の供物の小羊は聖体の秘跡の象徴,彼の死はキリストの死の予告と考えられている。美術では,《創世記》の記述に従って,〈カインとアベルの供物〉〈アベルを殺害するカイン〉〈カインの追放〉が主要3場面を構成する。しかし外典を典拠に他のエピソードも豊富に描かれ,〈初子カインに産湯をつかわすイブ〉〈少年カインの嫉妬〉〈復讐を叫ぶアベルの血〉〈殺人を隠蔽するカイン〉〈アダムとイブの嘆き〉〈ラメクLamechに殺されるカイン〉などの場面が表されることがある。すでに初期キリスト教時代のカタコンベ壁画や石棺浮彫にカインとアベル(とくに〈供物場面〉)が描かれているが,連続した物語場面としての主要3場面は3世紀以降あらわれ,12世紀のビザンティン美術(モザイク)やロマネスク美術(柱頭彫刻群,フレスコ壁画)に豊富な作例がある。ルネサンス以降はこの主題は美術においてはまれとなるが,文学においてはヘッセの《デーミアン》(1919)に代表されるように,兄弟殺しおよびカインの悔恨,神の呪いという主題のもとに,この物語はしばしば用いられている。日本においても有島武郎の《カインの末裔》(1917)などがある。
執筆者:名取 四郎
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『旧約聖書』の「創世記」4章に登場するアダムとエバ(イブ)の長子。アベルはその弟。カインは土を耕し、アベルは羊を飼った。2人が収穫物を神ヤーウェへ捧(ささ)げると、神はアベルの供え物だけを喜んだ。カインにおちどはないが、神はカインの反応を試したのである。「罪が門口に待ち伏せしている。……あなたはそれを治めねばなりません」。しかし、カインはアベルを憎み殺害した。人類最初の殺人事件である。その血を吸った大地は耕しても実らず、カインは呪(のろ)われて放浪の身となった。そのとき神は、カインを助ける別の手段を考えた。カインを殺す者は7倍の復讐(ふくしゅう)を受けるであろう、と。かくして、カインは神の前を去って、エデンの園の東にあるノドの地に住み、妻をめとって一子エノクをもうけた。この物語の背景には、農耕定住民と牧羊移動民との対立があり、イスラエルの神は、後者の生活様式とその祭儀に高い価値を与えたと考えることができよう。
[市川 裕]
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…のち武器を捨てた地は〈あご骨の丘〉と呼ばれたという。カインがアベルを殺した武器は聖書に記されていないが,後世の絵画でしばしばあごの骨を手にしたカインが描かれたのはサムソンの話に倣ったものである。古代エジプトのシビという笛は人の脛骨から造られた。…
※「カイン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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