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キエフ・ロシア Kievskaya Rus’

世界大百科事典 第2版の解説

キエフ・ロシア【Kievskaya Rus’】

ロシアの政治,経済,文化の中心がキエフにあったキエフ時代(ほぼ9世紀半ばから13世紀半ばまで)のロシア。キエフ・ルーシキエフ国家ともいう。
[国家の成立]
 12世紀初めに編さんされたロシア最古の年代記《過ぎし年月の物語》によれば,9世紀半ばには,東スラブ人の有力部族ポリャーニン族がドニエプル川中流域に定住してキエフを中心とする小規模な国をつくっていた。上流域にはスモレンスクを中心とするクリビチ族がおり,さらに北方にはノブゴロドのイリメニ・スラブ族が勢力を張り,ポロツクにはポロチャニン族その他がいて,それぞれ共通の言語,習慣,信仰,交易活動を通じてゆるやかなつながりを保っていた。

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世界大百科事典内のキエフ・ロシアの言及

【ウクライナ】より

…ルーシ・ハーン国はボルガ時代(839‐930),ドニエプル時代(930‐1036),キエフ時代(1036‐1169)の3時期に分けられる。そのうちの10~12世紀後半はキエフ・ロシアまたはキエフ・ルーシとも呼ばれる。キエフ・ロシアは,ウクライナ人が以前から住んでいたポレシエと森林ステップ地帯に加えて,〈ワリャーギからギリシアへの道〉と,黒海北岸の一部を領域として統合し支配した。…

【リューリク】より

…ノブゴロド地方では,たび重なる原住民の抵抗を排除しつつ覇権を確立したが,リューリクの死後,その子イーゴリの後見を託された軍司令官オレーグが882年,かつてキー,シチェク,ホリフなる3人の兄弟が築いたという町キエフを占拠した。政治の中心は南のドニエプル川中流域に移り,北はノブゴロド,南は〈ルーシの町の母〉なるキエフ,つまり〈ワリャーギからギリシアへの道〉という通商路上の二つの要衝をおさえ,古代ロシア国家(キエフ・ロシア)として発展した。これが16世紀末までつづくリューリク朝であるという。…

※「キエフ・ロシア」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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