イギリスの政治家。ピューリタン革命直前の議会で王の専制を非難したが、のち国王支持に傾き、革命中は国王派として戦い、敗れて皇太子チャールズ(後のチャールズ2世)とともに亡命。亡命中に皇太子の重臣となり、1660年王政復古により帰国、貴族に列せられるとともに、新王チャールズ2世の最高政治顧問として政治を指導した。議会は国教の安定を図って、クラレンドン法典と称される厳しい非国教徒弾圧法を定めた(1661~1665)が、彼自身は消極的で宥和(ゆうわ)政策に努め、そのため不満を招き、1667年第二次イギリス・オランダ戦争の失敗から失脚、亡命。二度の亡命中に、国王派によるピューリタン革命史『大反乱史』を完成した。
[松村 赳]
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1609~74
イングランドの政治家。ピューリタン革命の初期,長期議会の議員として立憲王政の樹立に努力したが,国王派に身を投じ,皇太子の補佐役としてともに国外に亡命。王政復古後の指導的存在となり,イングランド国教会の優越を守るため「クラレンドン法典」を制定して非国教徒を弾圧した。外交政策の失敗により罷免され,亡命先で死去。孫の二人メアリ2世とアン女王はあいついで王位についた。ピューリタン革命の体験をもとに叙述した『大内乱の歴史』がある。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
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