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ゲーデル Gödel, Kurt

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ゲーデル
Gödel, Kurt

[生]1906.4.28. ブリュン
[没]1978.1.14. プリンストン
アメリカの数学者,論理学者。ウィーン大学で数学,物理学を学ぶ。ウィーン大学講師 (1933~38) 。 1930年より何回かアメリカのプリンストン高級研究所に研究員として滞在。 40年にナチスに追われてアメリカに移住 (48年に帰化) 。 53年以来この研究所の教授。 30年『理論学的関数計算の諸公理の完全性』で,述語論理学においては,恒真な論理式の全体と証明可能な論理式の全体は一致するという完全性定理を発表。 31年には『「プリンキピア・マテマティカ」および同種の諸体系における形式的に決定不可能な諸命題についてI』において,不完全性定理を発表。これは,数学の形式的体系証明も反証もできない命題を含むこと,さらにはこの形式的体系の無矛盾性の証明がこの体系のなかでは不可能であることを主張するものであり,D.ヒルベルトらが推進していた形式主義のプログラムに打撃を与えただけでなく,哲学的にも広範な影響を及ぼした。さらに 38年に発表された『選択公理と一般連続体仮説の,集合論の諸公理との無矛盾性』は,その後の集合論の展開の指針となった。

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世界大百科事典 第2版の解説

ゲーデル【Kurt Gödel】

1906‐78
現代の数学基礎論に指導的役割を果たした数学者,論理学者。チェコスロバキアに生まれ,ウィーンで教育を受け,活動を開始した。後アメリカに渡り(1938),プリンストン高等研究所の教授となる。彼の研究はヒルベルトの後を継ぐものである。最初の著名な論理学上の業績として,第一階述語論理の〈完全性定理〉の証明がある(1930)。これに続いて〈不完全性定理〉を見いだした(1931)。これは20世紀前半における論理学および数学基礎論のもっとも重要な発見であり,ゲーデルの名を不朽ならしめた。

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大辞林 第三版の解説

ゲーデル【Kurt Gödel】

1906~1978) オーストリア生まれのアメリカの数学者・論理学者。一階述語論理の完全性を証明、さらに形式的体系における決定不能命題の存在を主張する不完全性定理を見いだし、論理学および数学基礎論に大きな影響を及ぼした。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ゲーデル
げーでる
Kurt Gdel
(1906―1978)

アメリカの数学者。オーストリア・ハンガリー帝国のブルン(現、チェコのブルノ)に生まれ、ウィーン大学で数学と物理を学び、1930年に学位を取得。1940年からアメリカのプリンストン高等研究所で研究に従事、1948年アメリカ市民権を得た。1953年同研究所教授となり、1951年エール大学、1952年ハーバード大学の名誉教授。アメリカ科学アカデミー会員。
 ゲーデルのおもな研究は、記号論理学、数理哲学、および集合論の根本に深く関連しており、彼の業績を抜きに、今日、数学基礎論のいかなる分野も論じられない。1930年、記号論理学に採用されている論理の法則が、数学に用いられている論理的な推論方法を実質的には余すところなく含んでいる、ということを証明した(ゲーデルの完全性定理)。つまり、記号論理学は数学の論理を完全に表現しているもので、これに付け加えるべき新しい論理法則はなにもないのである。ついで1931年には、記号論理学の方式によって数学の理論を記述する方法にはある種の限界があることを証明した(ゲーデルの不完全性定理)。それによれば、記号論理学の方式によって通常の数学的理論を記述した場合、ある命題Aとその否定not Aのいずれもが証明できないような命題Aがかならず存在する、というのである。しかも、この不完全性定理の証明から、ある数学的理論が矛盾を含まなければ、その理論が矛盾を含まないということをその理論のなかで証明することはできない、ということまでも示した。そのほかツェルメロの選択公理やカントルの連続体仮説、それを一般化した一般連続体仮説をすべて正しいと仮定しても、集合論に新たな矛盾が生ずることはない、というゲーデルの証明(1938)は有名である。[前原昭二]

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世界大百科事典内のゲーデルの言及

【計算可能性】より

…そのため,計算可能な関数は,メモリーがいくらでもある(理想化された)コンピューターで計算できる関数と一致する。
[歴史]
 計算可能性の概念は,計算とは何かという問いに答えようとする試みを通じて,1930年代にゲーデルチューリング,チャーチAlonzo Church(1903-95),クリーネStephen C.Kleene(1909-94)等の有力な論理学者のさまざまの提案を集大成し得られたものである。ゲーデル,クリーネは,いくつかの基礎的な自然数上の関数をもとに新しい関数を順次組織的に定義する枠組みを与えて帰納的関数の概念を定式化した。…

【形式主義】より

…すなわち定理とか証明は一定の法則によって並べられた単なる記号の系列であって,それらの意味は考えないで,その公理的・形式的体系の無矛盾性を有限的,構成的なしかたで証明することが数学の基礎づけの根本問題であるとしてそのプログラムを提出した。しかし,K.ゲーデルによって,1931年,算術以上の数学的内容をもった形式的体系がもし無矛盾ならば,その無矛盾性の証明はその体系の中で形式化されうるようなしかたによっては証明できない(不完全性定理)ことが示され,ヒルベルトの計画の遂行は至難なことがわかった。有限の立場を発展させることによって,36年ゲンツェンG.Gentzen(1909‐45)は算術(純粋数論)の無矛盾性を,67年竹内外史は広範な内容を有する解析学の部分体系の無矛盾性を達成した。…

【数学基礎論】より

…ヒルベルトの計画の出現以後,数学基礎論は形式主義の立場を主軸として,それぞれの立場での成果をとり入れつつ大きな発展を示した。それにはK.ゲーデルによるいくつかの仕事が決定的な役割を果たした。
[証明論]
 ヒルベルトの計画によれば,記号論理の方法を用いて公理的体系として形式化された数学と,その形式的体系について研究する数学とを厳密に区別する。…

【直観主義】より

…みずから規定した立場に基づいてブローエルが進めた解析学は通常のものとかなり異なった様相をもっており,形式主義の立場に立つD.ヒルベルトと激しく対立した。その後,ハイティングArend Heytingらによる直観主義者の用いる論理の公理化(直観主義論理),K.ゲーデルによる解釈,クリーネStephen Cole Kleeneによる帰納的関数を用いての解釈などにより直観主義の立場はかなり明白なものとなり,今日,直観主義数学ないし構成的数学として発展している。また,証明論においてヒルベルトのいう有限的・構成的手法とは実は直観主義者的手法といっても過言ではないことがわかってきた。…

【不完全性定理】より

…ゲーデルの定理とも呼ばれる。形式的体系は,その体系内で定式化できるどんな命題Aに対してもAまたはその否定(¬A)が証明できるとき,完全であるといわれる。…

※「ゲーデル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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