数理哲学とは文字どおり数学の哲学であり,数学の方法,対象,命題などについての哲学的考察をいう。その歴史は古代ギリシアにおける哲学の勃興と起源を共にする。これは,古代ギリシアにおける数学と哲学の生起が同時であるというヨーロッパの学問の特異な性格に起因するところが大きい。ヨーロッパの数学は論証数学という他に類を見ない特性をもっている。これが数学と哲学を不可分に結合し,数理哲学を哲学の重要部門たらしめたのである。古代ギリシアには,ピタゴラスをはじめ,プラトン,アリストテレスなど数学について興味深い哲学上の考察をなした者が多い。近代においては,数学者で同時に哲学者であるという人が多いために,近代数学形成の内部において哲学的思索がなされた。17世紀においてはデカルトとライプニッツが特に注目される。デカルトは記号的代数学を発展させ,その方面で近代数学の真の建設者となった。彼の哲学はこの代数学と深い関係にあると考えられる。ライプニッツは微積分その他の重要部門の創始者であり,現代に至って開花する数学の萌芽は,ほとんどライプニッツにおいてすでに見いだされる。そして同時に彼はモナド論の哲学者である。数理哲学を学ぼうとする人はライプニッツ哲学を避けることはできない。
20世紀に入ってからの数理哲学は記号論理学と密接に結合している。それは,現代の数学の基礎に横たわっている種々なる哲学的な問題が,論理学をまって初めて解決されるものであることに基づいている。この点で三つの学派がある。まず注目すべきは,フレーゲから始まりB.A.W.ラッセルに至って大成された論理主義である。この派の主張は数学を論理学に還元するというものにほかならない。次は直観主義であり,オランダの数学者ブローエルを始祖とし,ハイティングA.Heytingその他の後継者が研究を進めている。これは数学を広義の直観に帰着せしめようとする。第3は形式主義である。形式主義は哲学よりもむしろ数学と直結した数理哲学であって,数学者はほとんどこの形式主義にくみする。現代数学の内部より生まれた数学思想で,この点現代の数理哲学の最右翼といいうるものである。
数理哲学の課題については,古来二つの中心問題がある。一つは無限の問題であり,他は連続のそれである。無限論は無限を合理的に把握することを目ざし,無限の本性について,可能的無限と現実的無限の二つの見解に分かれる。連続問題は連続のもつ矛盾の解消,解決を目標とする。連続が本質的に矛盾を伴うことは,〈ゼノンのパラドックス〉に見られるごとく,古代ギリシアの初期から知られていた。現代の連続問題の研究は急速に進展している。日本でも数理哲学は着実な成果をあげており,田辺元《数理哲学研究》(1925),下村寅太郎《無限論の形成と構造》(1944),永井博《数理の存在論的基礎》(1961)と続く思想の系譜が成立している。また近時の分析哲学も数理哲学と深くかかわっている。
→数学基礎論
執筆者:沢口 昭聿
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
数学に関連する事柄を研究する哲学の一分野。数学的対象、たとえば数は、五感では直接触れることのできない、抽象的な存在である。しかし、数学は、五感で触れられる事象の分析に用いられて大きな効果をあげ、また工学のように具体的な事物を扱う技術においても盛んに応用される。このことを不思議に思う哲学者は昔から多く、たとえばピタゴラスやプラトンもこの不思議を解き明かすことを試みているが、その際、議論は神秘主義に近づくことがあった。また、数学の理論の公理論的性格がきわめて重要なものであることは、19世紀以降、数理哲学者によって繰り返し説かれたが、すでにアリストテレスは、この性格について適確な議論を残している。
現代論理学は、数学の諸概念が集合論のなかで整然と統合されることを示し、とくに基本概念としては、論理記号のほかには、集合とその元(げん)との間の関係を示すものだけあれば十分であることを示した。このことに感銘を受けたラッセルは、哲学的な問題もまた、集合論での概念分析に似た手法で解けると考えた。このように、数学に範をとって哲学を展開するやりかたも数理哲学といわれるが、ときにはこれは「数学主義的哲学」ともよばれる。
集合論の内部にはしかし矛盾が発見された。これも一つのきっかけとなり、集合の存在を否定し、直観によって構成されるものだけを数学的対象として認めようとする立場の数学がある数の信奉者を得るようになった。この立場は「数学的唯名論」とよばれる。これに対し、集合の存在を前提するのが大多数の数学者の心情ではないかと思われるが、この心情に添った立場は「数学的実在論」とよばれる。両者の争いに中世の普遍論の現代版をみる哲学者もいる。
実在論的に集合の存在を認める立場の者も、「では集合とはどんなものか」という問いに対し、ことばのうえでは完全な解答を与えられないことを認めなくてはならない。不完全性定理などのおかげで、集合論の公理系には、本質的に異なったモデルが多数存在することを認めなくてはならないからである。こうして集合は、カント哲学の「物自体」に似た地位にたつことになる。以上の例でわかるように、数理哲学には哲学全体での根本問題の多くが影を落としている。
[吉田夏彦]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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