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サンクトペテルブルグ Sankt-Peterburg

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

サンクトペテルブルグ
Sankt-Peterburg

ロシア北西部,レニングラード州の中心都市で,モスクワに次ぐロシア第2の都市。州政府ではなく,連邦政府の直轄に置かれている。1914~24年はペトログラード Petrograd,1924~91年はレニングラード Leningradと呼ばれた。バルト海フィンランド湾の湾奥に流入するネバ川河口の三角州に位置する。1703年ピョートル1世がネバ川右岸にペトロパブロフスク要塞を築いたのが始まりで,1712年ロシアの首都がモスクワからこの地に移されて以降発展した。19世紀には工業も発展し,ロシアの政治,軍事,工業,貿易の中心地となった。デカブリストの反乱や多くの工業労働者による革命運動の歴史をもつ都市で,1917年ここで始まった二月革命によりソビエト政権が誕生した(→ロシア革命)。1918年首都がモスクワに移され,一時衰退したが,第1次5ヵ年計画 (1928~32) の実施に伴って再び発展し始めた。第2次世界大戦中はドイツ=フィンランド軍に 29ヵ月にわたって包囲され,約 70万人の餓死者を出し,市街も大きな被害を受けたが守り通し,「英雄都市」の称号を受けた。戦後,復旧が進むとともに市域が拡大し,新しい大住宅団地も建設され発展を続けた。
ピョートル1世により西欧文化を取り入れるロシアの西の窓として計画的に建設された西欧風の市街は,放射状,同心円状の道路と高さのそろった建造物,川と運河にかかる多数の橋,赤色花崗岩でつくられた護岸設備などを備えるヨーロッパで最も美しい都市の一つで,冬宮 (現エルミタージュ美術館) ,ミハイロフスキー宮殿 (現ロシア博物館) ,聖イサーク聖堂,ペトロパブロフスク聖堂など多くの歴史的建造物とともに,1990年世界遺産の文化遺産に登録された。またサンクトペテルブルグ大学 (1819) ,美術アカデミー,科学アカデミー,図書館,劇場など伝統ある多くの研究・教育・文化施設をもつ学術・文化都市である。交響楽団,バレエ団も国際的に名高い。サンクトペテルブルグ工業地帯の中心で,造船,重電機,製紙,繊維,印刷などの工業が主要部門をなし,ロシアの新技術開発の中心にもなっている。交通の要地で,鉄道,ハイウェーが放射状に延びるとともに,国際空港,海港および河港をもち,外国と国内各地を結んでいる。市内交通は地下鉄,バス,トロリーバス,市電が中心。面積 1400km2。人口 484万8742(2010)。

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世界遺産情報の解説

サンクトペテルブルグ

「北のベニス」ともいわれる美しい運河の都市サンクトペテルブルグは、1991年まではレニングラードと呼ばれていました。帝政ロシア時代の首都でもあり、歴史的見所も多くあります。 市内の約10分の1が水面という水の都で、運河が縦横に町中を走ります。パリのルーブル美術館に匹敵する芸術コレクションが有名なエルミタージュ美術館をはじめ、冬宮殿エカテリーナ宮殿、アレクサンドル・ネフスキー修道院等がある歴史地区は、1990年に世界遺産に登録されています。

出典 KNT近畿日本ツーリスト(株)世界遺産情報について 情報

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