改訂新版 世界大百科事典 「スギ」の意味・わかりやすい解説
スギ (杉)
Japanese cedar
Cryptomeria japonica D.Don
スギ科の常緑高木で,日本で最も重要な林業樹種であり,生活とのつながりも深い。
形状
樹幹がまっすぐに伸び,大きなものは高さ50m,胸高直径5mに達する。幹の樹皮は赤褐色または暗褐色の繊維質で縦に細長く裂けてはげる。密に分枝し,樹冠は楕円状円錐形で,若いときは梢端がとがっているが,老木では丸くなる。葉はらせん状に密集してつき,鎌状針形で,基部は太くなって枝との境がはっきりしない。雌雄同株で,春3~4月に開花する。雄花は楕円状球形で長さ約5mm,淡黄褐色,小枝端に穂状に群がってつく。おしべはらせん状に並び,葯室は4~5個ずつつく。雌花は球形で径5~6mm,緑色,短い枝の先に1個ずつつき,先のとがった包鱗と先端が4~6裂する種鱗が対になって螺生(らせい)し,各種鱗には2~5個の胚珠がつく。10月ころ径15~20mmの球形の球果を結ぶ。種子には両側に狭い翼がある。
分布と分類
青森県西津軽郡鰺ヶ沢町矢倉山から鹿児島県屋久島までの暖温帯と冷温帯に点々と天然分布がみられ,立山連峰劔岳の2050mと屋久島の1850mが,本州および九州での最高垂直分布標高である。有史以来の人為的な植栽の結果,真の天然分布域は必ずしも明らかではないが,秋田県米代川流域や高知県安芸郡馬路村の魚梁瀬(やなせ)地方などの各地には天然生のよい林がみられ,とくに秋田のそれは日本三大美林の一つに数えられる。屋久島の標高650m以上の高所には老木の林がみられ,現地では樹齢800~1000年を超えるものを屋久杉という。中には2000~4000年と推定されるものもあり,近年発見された縄文杉や大王杉はその代表的なものである。島津藩時代の伐根とみられるウィルソン株のように,地上2mで直径4.3mを超すものもある。すなわち,スギは日本産樹木の中では最大,最長寿の種である。
スギは従来1属1種の日本特産種とされ,国外では,台湾,中国中・南部からヒマラヤまで広く植林されるものと同一種と考えられてきた。しかし,近年中国の浙江省(天目山),福建省北部,江西省(廬山)などに産するものは自生とみなされるようになり,中国の学者はこれをヤナギスギ(柳杉)C.fortunei Hooibrenk,日本産をニホンヤナギスギ(日本柳杉)として区別する。概して日本産より針葉が細く,種鱗の先端の歯牙があまりとがらず,また各種鱗上の種子数も2個と少ない点で異なるという。しかし,日本から持ち込まれたものの変異型とみなし,カワイスギC.japonica var.sinensis Sieb.et Zucc.と称する人もいる。スギは日本の鮮新世と更新世の地層から化石を出土するが,近縁種が広くヨーロッパと東アジアの第三紀層から知られているので,中国に自生種が見いだされても不思議はない。このように分布が広いために地方的な変異も多く,とくに日本の太平洋側のものと日本海側のものとでは生態,形態の差が大きい。後者では太い枝が曲がって地につき,そこから先端が立ち上がり,地についたところから発根する伏条性が強い。日本海側気候の多雪条件に適応したもので,これをアシウスギvar.radicans Nakaiという。一般に日本海側に自生ないし植林されるスギには,アシウスギに似て伏条性が強く挿木に適するものが多い。日本海側のスギはまた,梢端がとがり,太枝が下向きでしかも針葉が枝に鋭角につくという耐雪性の形態的特徴も示す。したがって,この系統のものを林業的にウラスギといって,積雪に比較的弱い太平洋側のオモテスギから区別する。両者は,その生態および生育適地も著しく異なるので,植林に用いる場合には厳密に区別する必要がある。
スギは樹形の美しさが日本人の心情によく合うため,各地の社寺境内などに植えられ,また木材として使いやすいため日本では最も古い時代から広く植林されたので,多くの巨樹銘木や古い林が残っており,天然記念物指定のものも少なくない。中でも屋久島の縄文杉(高さ30m,目通り周囲16.1m),高知県大豊(おおとよ)町杉の大杉(高さ60m,周囲15m)が有名である。
利用
スギの材は軽軟(平均比重0.38)で,辺材は白く,心材は淡紅色または赤褐色,ときに黒褐色(黒芯)となり,はっきりした境がある。木理はまっすぐで,春材と秋材の移行は急であり,割れやすく,春材部の風化による目やせも著しい。しかし,木材としての生産量の多さ,丸太がまっすぐで大材の得やすさ,木目の美しさなどの利点で,建築材としては柱,板材などほとんどあらゆる部分に用いられる。とくに広い板材で木目や杢(もく)の美しいものや磨き丸太は,天井板,欄間,床柱などの室内装飾材として重用される。また,足場丸太,橋梁などの土木用材,造船・車両材,電柱・家具・器具材,包装材のほか,経木,下駄,割りばしなど生活用材としても多量に用いられる。さらに心材の含有成分が酒に木香(きが)を与えるため,樽材としては欠くことができないものである。幹の樹皮は春季とくにはぎやすいので,古くから杉皮と称して屋根,下見あるいは垣根などに用いられた。針葉はタブノキの葉や樹皮とともに粉にして線香を作り,また材を抹香に用いる。庭木,生垣あるいは盆栽としても多く用いられ,枝に針葉の長い部分と短い部分が交互に現れるエンコウスギ(猿猴杉),針葉が枝によじれてつくヨレスギ,針葉が黄金色を呈するオウゴンスギなど園芸品種も多く,生花にも供される。
林業と品種
スギは日本の造林面積のうち40%以上を占め,ヒノキ,マツ類,カラマツ,トドマツを抜いて第1位の重要樹種である。木材の広い利用範囲,単位面積当りの生長量の大きさ,そして保育のやさしさなどの利点がその理由で,スギの育つ環境とあればまずその植林が考えられた。その結果,天竜(静岡県),吉野(奈良県),智頭(ちず)(鳥取県),日田(大分県)をはじめ有名林業地の多くはスギの植林で成り立っている。生育条件としては,年平均気温12~14℃,年降水量3000mm以上の気候が最適で,8℃以下あるいは16℃以上,2000mm以下の地域は不適となる。土壌中の水分および養分状態に敏感で,不適地での生長の減退が著しいため,おおむね斜面下部や堆積地などに植えられる。陽樹であるため,十分な受光量があるような植え方をし,幼時の凍霜害,寒害あるいは風雪害を避けるようなていねいな保育が必要である。育苗時には赤枯病が発生しやすく,スギカミキリやスギタマバエなどの虫害もときに大被害をもたらす。
スギには地理的な変異が多く,その中から数百に及ぶ林業品種が知られている。これらの品種は,生育地のさまざまな集団の中から,永い年代にわたる林業家の努力によって,あるいは実生で,あるいは挿木や伏条性利用の無性繁殖によって,選び出されてできたものが多い。実生系では,米代川流域の秋田杉,富山県立山の立山杉,吉野林業の吉野杉,高知県の魚梁瀬杉,屋久杉などが有名である。吉野杉は,鮮紅色で木理の通った材が柱や樽丸に適して有名となり,全国各地に植えられた。そのうち西川(埼玉県),天竜,木頭(徳島県),久万(愛媛県)などの各林業地は成功したが,日本海側ではみな失敗に終わった。この経験がスギの品種産地問題や育種を考える動機の一つになったといわれる。一方,挿木系では,千葉県旧山武(さんぶ)郡の山武杉,岐阜県郡上市の石徹白(いとしろ)杉,京都市北山の台杉林業に用いられる白杉(北山杉),智頭林業の沖ノ山杉,宮崎県日南市の飫肥(おび)杉などが有名で,それぞれ永い歴史がある。飫肥杉は約300年前に飫肥藩が造船用の弁甲材を作る目的で導入したものである。このほか九州各地では挿木林業が盛んで,本来自生のない九州本島が今日広く杉林業地で占められるほどである。
なお,スギの名のつく樹木にはスギ科以外にもナンヨウスギ(ナンヨウスギ科),ヒマラヤスギ,レバノンスギ(以上マツ科),ベイスギ,イトスギ(以上ヒノキ科)などがある。このような普通名の混用は英語のcedarについてもいえ,cedarそのものは,もともとヒマラヤスギ属の樹種ヒマラヤスギやレバノンスギを指すが,エンピツビャクシンred cedar,オニヒバincense cedar(以上ヒノキ科)などの,材に樹脂の多い針葉樹にも広く使われるようになった。また,中国で〈杉〉といえばスギ科のコウヨウザンをさすが,スギ科樹木のほかに冷杉,雲杉(以上マツ科)などのように語尾に杉の字のつくものは,たいてい針葉が松と柏(かしわ)の中間ぐらいの長さのものである。
執筆者:濱谷 稔夫
民俗,伝承
《万葉集》に〈神奈備(かんなび)の三諸(みもろ)の山に斎(いわ)ふ杉〉とよまれているように,杉はまっすぐ高く伸びる目だつ木であるから,古くから神を祭る神聖な木とされた。大和の三輪明神の神杉や京都の伏見稲荷の験(しるし)の杉は神木として有名だが,このほか,大杉神社,老杉神社,杉山神社などの神社名や杉本,杉下などの地名に杉をちなんだものが多く,これらも杉を神木としたり杉のもとで祭りをしたなごりと考えられている。三輪や伏見に参った人は,杉の小枝や杉苗を持ち帰り,それが根づくと神の加護のあった印とする風があった。今でも,伏見稲荷では初午にシデをつけた験の杉を授けている。杉の枝は安産のお守や魔よけともされ,流行病や百日咳のときには〈過ぎ〉や〈過ぎてよし〉の語呂合せから杉とヨシを戸口につるしたり,家族分の餅を杉の葉につけて垣根にさし,後ろを見ずに帰る風習もある。また杉にははし(箸)やつえが成長したというはし杉やつえ杉の伝説のほか,峠などには弓を射て境を画定した跡とされる矢立杉の伝説もある。このほか,三十三回忌がすむと弔い上げに杉葉のついた生木の塔婆を墓にたて,死者が神になった印とする。杉は神聖視されたため,屋敷に植えたり垣を作ると,家が滅びるとか福が入らないといって嫌われ,また杉が立枯れしたりすると災難や変事が起こる前兆とみられた。酒と杉も関係が深く,三輪明神の助けで一夜で美酒をかもしたという伝承から,酒屋では杉葉を束ねた杉玉を軒につるして看板としたり,杉の香りを尊んで杉で酒樽を作ったりした。杉の脂は火傷,ひび,あかぎれ,吹出物などの薬として患部につけた。
執筆者:飯島 吉晴
スギ科Taxodiaceae
裸子植物,球果目(松柏目)の針葉樹。葉はとげ状または線形,枝にマツ科に見られるような短枝はない。雌雄同株で単性花をつける。雄花は多数のおしべをらせん状に配列して球花をつくる。おしべ(小胞子葉)の下面に2~9個の花粉囊(小胞子囊)をつけ,花粉囊は互いに離生し,基部で合着している。花粉には気囊がなく,球形で先端がとがり,そこから発芽する。雌球花はらせん配列した果鱗複合体からなり,その包鱗と種鱗は合着し,先端の一部が離れているにすぎない。果鱗上面に2~9個の胚珠を生じ,球果は木質となり,種子の回りには狭い翼がある。近縁のマツ科と比較すると,球果はマツ科より小型で,種鱗と包鱗が合着しており,花粉にマツ科のような2個の前葉体細胞がつくられず,気囊も欠くなど,マツ科より進化したつくりをもっている。マツ科との中間型を示すのがコウヤマキSciadopitysで,コウヤマキ科を設けることもある。
スギ科はヒノキ科と葉序以外に区別点がなく,ヒノキ科の1亜科として扱われることもある。ヒノキ科が十字対生葉序であるのに対して,スギ科は互生(らせん)葉序である。スギ科は白亜紀第三紀に多くの種属が知られているが,現在では9属15種が残存しているにすぎず,1属1種の単型属が多く,かつ,属間の類縁は希薄で,それぞれの属の独自性が強い。これは現生の属の中間的形質をもった種や属が絶滅したためと思われる。また分布も,タスマニアスギ属Athrotaxis(タスマニア),コウヨウザン属Cunninghamia(中国南部,台湾),スイショウ属Glyptostrobus(中国南東部),メタセコイア属Metasequoia(中国中部),セコイアSequoia(北アメリカ西部),セコイアオスギSequoiadendron(北アメリカ西部),タイワンスギ属Taiwania(中国南西部,台湾),スギ属Cryptomeria(日本と中国南東部),ヌマスギ属Taxodium(北アメリカ南東部,メキシコ)と,それぞれ隔離的に分布している。
タスマニアスギは包鱗上に多数の種鱗があり,タイワンスギでは種鱗が退化消失し,胚珠は包鱗上についている。またメタセコイアはヌマスギに似るが葉が対生し,ヒノキ科との類縁性を示している。
執筆者:西田 誠
スギ
Rachycentron canadum
スズキ目スギ科の海産魚。東部太平洋を除き,世界中の暖海に広く分布する。南日本近海でもしばしば見られるが量は少ない。そのため地方名も少なく,鹿児島県でスキサキ,福岡県の志賀島でタラという程度である。体が細長く棒状であり,頭部背面が平たく,第1背びれのとげがたいへん小さいなど,外見がコバンザメによく似ているため,和歌山県阿尾でコバンザメノコバンノトレタイオと呼ぶとの記録もある。全長2m近くになる。体色は褐色の地色に2本の淡色縦帯があり,幼魚では鮮明であるが,成魚になるとしだいに一様な灰褐色になってくる。また興奮時にはこの模様は鮮明になる。魚食性であるが,ほかに頭足類や甲殻類なども食べる。幼魚は他の大型魚について泳ぐ習性がある。定置網などでまれに漁獲されるが,不味であり,とれても練製品の原料となる程度である。
執筆者:望月 賢二
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報