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セレウコス朝 セレウコスちょう Seleucid Dynasty

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

セレウコス朝
セレウコスちょう
Seleucid Dynasty

シリア王国とも呼ばれるマケドニアギリシア人によって古代西アジアを支配した王朝 (前 312~64) 。アレクサンドロス3世 (大王) の帝国が分裂したあと,いわゆる後継者戦争が続いたが,部将の一人であったセレウコス1世バビロンを拠点とし,小アジアメソポタミアイランアフガニスタンインド北西部などの領土を確保し,彼の名を冠する王朝による支配を始めた。

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デジタル大辞泉の解説

セレウコス‐ちょう〔‐テウ〕【セレウコス朝】

シリア王国の王朝。セレウコス1世が前312年に建国。首都はアンティオキア小アジアからインダス川までを領有し、ヘレニズム国家中で最大の国土をもった。前63年ごろ、ローマ軍に滅ぼされた。

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百科事典マイペディアの解説

セレウコス朝【セレウコスちょう】

前305年から前64年にわたるシリアの王朝。始祖はセレウコス1世。その子アンティオコス1世の時にインド西辺から小アジアに至るアレクサンドロス遺領の大半を獲得して最盛期を迎えた。
→関連項目アンティオキアアンティオコス[3世]シリアドゥラ・ユーロポスヘレニズムメガステネス

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世界大百科事典 第2版の解説

セレウコスちょう【セレウコス朝 Seleukos】

ヘレニズム時代にシリア王国を代々支配した王朝。前305‐前64年。創立者はセレウコス1世。広大な領土を得て出発したが支配は安定せず,初期のセレウコス1世,アンティオコス1世より後はしだいに弱体化,アンティオコス3世,4世の治世に一時勢威をとりもどしたが,状況は再び悪化し,デメトリオス1世,アンティオコス7世による最後の努力が潰えて以後は,まったくの衰微混迷におちいった。歴代の王はアポロンの後裔と自称し,貨幣の意匠にしばしばアポロンの像を採用,またデルフォイデロス島,ディデュマなどの著名なアポロン神殿に奉納寄進をしている。

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大辞林 第三版の解説

セレウコスちょう【セレウコス朝】

ヘレニズム時代にアレクサンドロス大王の部将セレウコス(Seleukos)一世(前358頃~前280頃)が建てたシリア王国の王朝(前305?~前63?)。首都はアンティオキア。インダス川に及ぶ広大な版図をもち、プトレマイオス朝と対抗した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

セレウコス朝
せれうこすちょう

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世界大百科事典内のセレウコス朝の言及

【ヘレニズム】より

…対外的には海上支配を追求し,またシリア王国とは国境紛争を繰り返したが,ローマとは友好関係を維持して諸王国中で最も長く独立を保った。 シリア王国ではセレウコス朝諸王が,多民族構成の広大な領域を,属州方式と都市建設によって有機的に統合しようとしたが成功せず,前3世紀半ばには東方辺境の植民ギリシア人がバクトリア王国を独立させ,同じ頃イラン系のパルティア人(パルティア)も自立して,王国の東方領域は急速に失われた。また小アジア西部ではアッタロス家のペルガモン王国が成立し,ユダヤ人も前2世紀半ばのマカベア戦争で独立して,支配範囲はさらに縮小した。…

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