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ソールズベリー

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百科事典マイペディアの解説

ソールズベリー

英国の政治家。1881年ディズレーリの死後保守党党首となり,1885年以後3度内閣を組織,外相を兼ねてファショダ事件ボーア戦争を処理。また日英同盟を結んで英国の〈光栄ある孤立〉に終止符を打った。
→関連項目バルフォア

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世界大百科事典 第2版の解説

ソールズベリー【Salisbury】

イギリスのイングランド南部,ウィルトシャーの古都。人口11万(1993)。別名ニューセーラムNew Sarumエーボン河畔に位置し,周辺農村地帯の生産物の取引中心地。本来近郊の丘陵上の集落オールド・セーラムとして起源し,古来軍事上,政治上,宗教上重要な都市であった。1075年司教座が置かれ,86年にはウィリアム1世がこの付近の野に全国の土地所有者を集めてみずからへの忠誠を誓わせ(ソールズベリーの誓い),さらに1116年には同様にヘンリー1世がこの地で子のウィリアムを後継王として承認することを臣下に誓わせた。

ソールズベリー【Robert Arthur Talbot Gascoyne‐Cecil,3rd Marquis of Salisbury】

1830‐1903
イギリスの保守党政治家。由緒ある名門セシル家の出。1853年下院に入り,60年より《クオータリーレビュー》誌に寄稿するなど,保守派の論客として活躍。66年ダービー内閣のインド事務相となるが,翌年ディズレーリの第2次選挙法改正案に反対して辞職。74年再びインド事務相としてディズレーリ内閣に入閣,78年外相に転じ首相とともにベルリン会議に出席した。81年ディズレーリの死後,保守党党首となり,3度組閣(1885‐86,1886‐92,1895‐1902),その間おおむね外相を兼任。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ソールズベリー
ソールズベリー
Salisbury

アメリカ合衆国,ノースカロライナ州の都市。グリーンズバラの南西約 100km,起伏のゆるやかな山麓地帯に位置する。 18世紀中頃に入植,イギリスのソールズベリーにちなんで命名された。植民地時代には六大都市の一つに数えられていたほどの町で,市街はいまなお昔の面影を残す。

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ソールズベリー
ソールズベリー
Salisbury

アメリカ合衆国,メリーランド州南部の都市。 1732年創設,初めウィルシャーと呼ばれた。植民地時代の歴史を物語るオールドグリーンヒルやオールハロウズ教会などの建物が残る。デルマーバ半島中南部の交通の要衝および商業の中心地。

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ソールズベリー
ソールズベリー
Salisbury

イギリスイングランド南部,ウィルトシャー南東部の都市。旧称はニューサラム New Sarum。サウサンプトンの北西約 35km,エーボン川とその支流のワイリー川の合流点に位置する。市の北郊オールドサラムに築かれたローマ人の町ソルビオドゥヌム Sorbiodunumに始まり,サクソン人ザクセン人)のもとで重要な町に発展。

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ソールズベリー
ソールズベリー

ハラレ」のページをご覧ください。

ソールズベリー
ソールズベリー
Salisbury, Harrison Evans

[生]1908.11.14. ミネソタミネアポリス
[没]1993.7.5. ロードアイランドプロビデンス
アメリカジャーナリスト,著述家。ミネソタ大学卒業後,UP通信に入りシカゴニューヨークロンドンモスクワなどの支局を回った。 1949年にニューヨーク・タイムズに移り,モスクワ支局長を5年間務め,1955年にはソ連に関連する一連の記事でピュリッツァー賞 (国際報道部門) を受賞。

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世界大百科事典内のソールズベリーの言及

【ハラレ】より

…標高1484mの高原にあり,爽涼な気候に恵まれる。旧称ソールズベリーSalisburyで,1982年4月現名に改称した。金鉱地帯の中心で,タバコ,トウモロコシ,ワタ,かんきつ類などの集散地であり,食品加工,タバコ,飲料,肥料,家具,建設資材,化学薬品,精糖,鉄鋼,石油などの各種工業も発達している。…

【年代記】より

…文学的,思想的にも吟味しうる内容をもつ年代記は,この種のものであり,すでに狭義の歴史叙述に属するものといってもよい。12世紀中葉のローマ教皇庁史をつづったソールズベリーのヨハネスの《教皇庁史》は,そのタイトルにもかかわらず,年代記のスタイルをとっている。13世紀中葉のM.パリスの《大年代記》は,その時代に全ヨーロッパで起こった政治的・社会的諸事件を扱い,きわめて包括的な時代史として,高く評価されている。…

【ノルマン朝】より

…1066年から1154年の間,イングランドを支配した王朝。ノルマン・コンクエストによってイングランドを征服して王となったウィリアム1世(在位1066‐87)は,封建制度を導入して,国土を臣下に分与する代りに軍役を奉仕させ,イングランド古来のシャイア(州)・ハンドレッド(郡)制を利用して支配したほか,全国の土地所有者をソールズベリーの野に集めて忠誠を誓わせ,徴税のための土地台帳(《ドゥームズデー・ブック》)を作成させるなど,集権的封建国家の基礎をつくった。次のウィリアム2世(在位1087‐1100)は,長兄のノルマンディー公ロベールと紛争を引き起こし,カンタベリー大司教アンセルムスと対立するなど失政が多かったため,貴族の不満が高まり,狩猟中無名の者の矢に当たって横死した。…

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