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ダッドリー ダッドリーDudley, Edmund

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ダッドリー
Dudley, Edmund

[生]1462頃
[没]1510.8.18. ロンドン
イギリスの財務行政官。国王ヘンリー7世に登用され,王の治世早々から枢密顧問官に任じられ,R.エンプソンとともに財務管理官として容赦なく課税や罰金取立てを強行,王室財政を富ませたが国民の恨みを買った。 1504年下院議長。ヘンリー8世の治世になると投獄され (1509) ,反逆罪をもって処刑された。獄中で『共和国の樹』 Tree of Commonwealthを執筆,絶対王政を擁護した。

ダッドリー
Dudley

イギリスイングランド中部,ウェストミッドランズ地域西部の地区。バーミンガムの西約 15kmの丘陵地帯に位置する。サクソン人ザクセン人)によって 8世紀頃築かれた城を中心に集落が形成され,中世には市場町として発展。また豊かな石炭資源のほかに,鉄鉱石,石灰岩にも恵まれ,早くからそれらの採掘が行なわれており,17世紀までには採炭と鉄冶金により重要な工業中心地となった。18世紀に入って石炭が鉄の製錬に用いられるようになると製鉄中心地として急速に発展し,1870年頃銑鉄の生産がピークに達した。周辺一帯も工業地帯として発展したが,それに伴って工場廃棄物や煤煙に覆われ大気汚染が進んだため,「ブラックカントリー」と呼ばれるようになり,しばしばその「首都」といわれた。釘,チェーンなどの金属製品やガラスなどの製造も盛んとなり,製鉄業は衰えたが,製鋼,機械,衛生陶器,煉瓦,衣料,皮革などの工業が発達する工業都市となっている。面積 98km2。人口 30万5164(2001)。

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百科事典マイペディアの解説

ダッドリー

英国の製鉄業者。ウースターシャーに生まれ,父の製鉄所を管理する間,木炭に代えて石炭による製鉄に成功,1621年,父の名で特許を取得する。しかし同業者の妨害や,清教徒革命ピューリタン革命)の勃発などのため,経済的には成功しなかった。

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世界大百科事典 第2版の解説

ダッドリー【Dud Dudley】

1599‐1684
イギリスで石炭製鉄の実現のため努力した製鉄業者。1619年,父男爵にオックスフォードから呼び戻され,ウスターシャー,ペンスネットの父の製鉄所の監督となった。当時の木材資源の迫(ひつぱく)に対応して,その木炭高炉で石炭製鉄の試験に成功し,21年父の名で同法の特許を得た。22年の洪水で同高炉は破損したので,スタッフォードシャー,ヒムリーに石炭高炉を建てた。その製品鉄の評判は悪く,木炭製鉄業者に同炉を賃貸する結果になった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ダッドリー
だっどりー
Dud Dudley
(1599―1684)

イギリスの発明家。大領主の父が所有する製鉄所の経営を任され、木炭高炉で石炭を燃料とすることに着想、成功したが、周囲の製鉄場主たちの反対で高炉を破壊されたと自ら語っている。ピューリタン革命(1642)が勃発(ぼっぱつ)して、王党派の彼は逃亡生活を送り、この発明をふたたび試みる機会がなかった。1665年『メタルム・マルチス』(軍神の金属)を執筆して、イギリスの森林荒廃を憂慮し、石炭製鉄の重要性を説いた。それから50年後、A・ダービーが石炭からつくったコークスを高炉の燃料とすることに成功した。[中沢護人]

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世界大百科事典内のダッドリーの言及

【石炭】より

…16世紀に煉瓦の普及によって,煉瓦焼成炉の燃料として大量の石炭が使用されるようになり,さらに煉瓦による家庭の暖炉や煙突の改良にともなって,家庭用燃料としても需要が増大し,石炭産業の誕生をうながすことになった。17世紀にD.ダッドリーが石炭をコークスとし,これを製鉄用の燃料にすることに成功,スタッフォードシャーのクラドリーに製鉄所を建設した。これを契機に工業用燃料としての石炭の需要は急激に拡大し,さらに産業革命期の蒸気機関の出現は,石炭産業を飛躍的に発展させ,イギリスは世界最大の産炭国となった。…

※「ダッドリー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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