コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

デバイ デバイ Debye, Peter Joseph William

6件 の用語解説(デバイの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

デバイ
デバイ
Debye, Peter Joseph William

[生]1884.3.24. マーストリヒト
[没]1966.11.2. ニューヨークイサカ
オランダ生れのアメリカ物理化学者。 1910年ミュンヘン大学より学位取得。チューリヒ大学ユトレヒト大学,ゲッティンゲン大学ライプチヒ大学を経て,カイザーウィルヘルム研究所の理論物理学部部長 (1935) 。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

デバイ(Peter Joseph Wilhelm Debye)

[1884~1966]米国の化学者・物理学者。オランダ生まれ。固体の比熱、粉末試料のX線回折強電解質溶液や有極性分子の研究で有名。1936年、ノーベル化学賞受賞。著「分子分極」。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

デバイ

オランダ生れの米国の物理学者。アーヘン工科大学,ミュンヘン大学で学び,1911年チューリヒ州立大学教授となり有極性分子の理論,固体比熱に関するデバイの比熱式を発表。
→関連項目ジオークゾンマーフェルト断熱消磁

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

デバイ【Peter Joseph Wilhelm Debye】

1884‐1966
アメリカの物理学者,化学者。オランダの生れ。1905年アーヘン工科大学を卒業後,ミュンヘン大学に移りA.J.W.ゾンマーフェルトに師事,06年同校講師となる。11年チューリヒ大学理論物理学教授,以後ユトレヒト大学,ゲッティンゲン大学,チューリヒ工科大学,ライプチヒ大学の各大学で教授を歴任。35年ベルリン大学教授となり,同年新設されたベルリン,ダーレムのカイザー・ウィルヘルム物理学研究所の所長を務めた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

デバイ【Peter Joseph Wilhelm Debye】

1884~1966) アメリカの物理化学者。オランダ生まれ。分子構造論や溶液の研究における「デバイの比熱式」、「強電解質溶液理論」、結晶構造分析の「デバイ・シェラー X 線回折法」などで著名。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

デバイ
でばい
Peter Joseph Wilhelm Debye
(1884―1966)

オランダのマーストリヒトに生まれ、第二次世界大戦後アメリカに帰化した物理学者。今日、化学物理と総称される領域の開拓者として、分子構造論誘電体論電解質溶液論、高分子溶液論などの多面的な業績で著名であり、またX線回折におけるデバイ‐シェラー法は広く知られている。初めアーヘン工業大学で電気工学を学んだが、のちミュンヘン大学でゾンマーフェルトに師事し、1908年学位取得、1911年A・アインシュタインの後任としてチューリヒ大学教授となった。ユトレヒト大学、ゲッティンゲン大学、チューリヒ工科大学、ライプツィヒ大学、ベルリン大学などを経て、1936年新設のカイザー・ウィルヘルム研究所(後のマックス・プランク研究所)物理学主任となり、同年「双極子モーメントおよび気体X線・電子線回折による分子構造の決定」でノーベル化学賞を受賞。第二次世界大戦期、国籍問題で不当な処遇を受け、1940年アメリカに渡り、コーネル大学教授となり、1946年アメリカに帰化した。
 デバイの名をまず高からしめたのは、1912年の固体の比熱理論である。アインシュタインの比熱理論(1907、1911)の後を受けて、それを改善し、等方的固体の比熱が絶対温度の三乗に比例することを示し、ボーアの原子構造理論(1913)に先だって、量子論的方法の有効性を明らかにした。同年、双極子能率をもった有極性分子の概念を提示した最初の理論を発表し、これは、引き続く彼の誘電体理論の出発点となり、今日に残る名著『有極性分子』Polare Molekeln(1929)としてのちに集大成される。1916年には粉末試料に対するX線回折のデバイ‐シェラー法を考案し、広く使われるようになった。これは、気体および液体に関するX線・電子線回折の理論的ならびに実験的研究(1927~1930)へと引き継がれ、今日の物理化学的研究の土台の一つとなった。
 彼の名をもっとも有名にした業績は、強電解質溶液に関する「デバイ‐ヒュッケルの理論」であろう。1923年、ヒュッケルと共同して、完全電離説の立場にたった統計力学的理論を発表し、現代の電解質溶液理論の出発点を与えた。戦後、高分子溶液の光散乱理論(1944、1947)および粘性理論(1946)などの研究を進め、高分子物性論の開拓、発展に貢献した。彼はまさに今日に至る化学物理学諸領域の開拓者であった。[荒川 泓]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内のデバイの言及

【化学】より

…われわれの身のまわりのもの,われわれ自身,われわれの住みかである地球,その地球の外に広がる宇宙,これらを構成する物質の,合成,分析,構造や性質の解明,さらには物質相互の間の反応を研究する自然科学の一部門。化学では単体も化合物も扱うが,どちらの場合も比較的単一な組成をもつ物質を扱う場合が多い。その対象がきわめて広範なので,化学をいくつかの分野に分けて考えるのが便利である。最も一般的な分類は,物理化学,有機化学,無機化学,生物化学,応用化学の対象・方法別の5分野への分類である。…

【断熱消磁】より

…物質中の電子や原子核がもつ磁気モーメントを,一定温度のもとで磁場をかけて分極させ,次に物質と外界との熱接触を断った状態で磁場をとり去る過程をいう。この過程により,一般には温度が下がるので,低温を発生させる方法として使われる。この冷却法は1926年P.デバイ,W.F.ジオークが,それぞれ独立に提案したもので,33年ジオークらによって実現され,従来の最低温度であった液体ヘリウムの減圧による0.3Kよりも低い温度が得られるようになった。…

【デバイの比熱式】より

…固体の比熱について,アインシュタインの比熱式の改良としてP.デバイが1912年に提案した式。アインシュタインは,固体内の個々の格子点を独立な単振子として扱ったが,デバイは格子の集団運動の本質をとり入れて,まず固体を連続弾性体とみなした。連続体では運動の自由度が無限大になるが,格子では有限であることを考慮して,連続体の振動モードのエネルギーの低いほうからとり入れ,モードの数が格子点の自由度と等しくなるところで打ち切る。…

※「デバイ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

デバイの関連キーワードアメリカの学者オンネスチンダルメスバウアーメーヤーカメルリンオンネスファンデルワールスオランダ苺ファントホッフナドセン効果

今日のキーワード

カルテット

四重唱および四重奏。重唱,重奏の形態のなかで最も基本的なもので,声楽ではルネサンスの多声歌曲の形式であるシャンソンやフロットラから始り長い歴史をもつ。器楽も同様で,特に弦楽四重奏は室内楽の全レパートリ...

続きを読む

コトバンク for iPhone

デバイの関連情報