磁場中の常磁性体を、周囲との熱接触を断って磁場をゼロにし、低温を得る方法。1K(絶対温度)よりも低温で常磁性をもつ化合物(たとえば鉄ミョウバン、クロムミョウバンなど)を用い、 のような装置でこれを1K付近まで冷却する。そこで常磁性化合物が1Kの液体ヘリウムと熱的につながった状態で、5000~1万5000ガウスの磁場を外から加える。この磁場のエネルギーによって、たとえばクロムミョウバンのなかのCr3+イオンのもつ電子スピンは磁力線の方向に整列する。これを等温磁化過程という。このときの磁化のエネルギーは磁化熱となるので、これを外側の液体ヘリウムに吸収させて化合物を1K付近に保たせる。ついで高真空排気ポンプで化合物のある空間のヘリウムガスを10-6トル(トルは圧力の単位)まで排気し、これによって化合物と液体ヘリウムとの熱接触を断ち切ったのち、等温磁化に用いた磁場を静かにゼロにする。これを断熱消磁過程という。その結果、クロムミョウバンは0.02K付近までの低温となる。この方法を断熱消磁という。
1981年、原子核スピンを用いて同様の方法により、20マイクロK(1マイクロKは100万分の1K)付近を実現した。これを核断熱消磁といい、低温を得るための歴史的かつきわめて巧妙な方法である。
[渡辺 昂]
物質中の電子や原子核がもつ磁気モーメントを,一定温度のもとで磁場をかけて分極させ,次に物質と外界との熱接触を断った状態で磁場をとり去る過程をいう。この過程により,一般には温度が下がるので,低温を発生させる方法として使われる。この冷却法は1926年P.デバイ,W.F.ジオークが,それぞれ独立に提案したもので,33年ジオークらによって実現され,従来の最低温度であった液体ヘリウムの減圧による0.3Kよりも低い温度が得られるようになった。現在,磁性イオンを含む結晶の断熱消磁では数mK,金属中の核磁気モーメントを使う断熱消磁(核断熱消磁)では10μK程度の低温が実現されている。後者は,現在知られているうちでもっとも低い温度を作り出す方法である。
電子や原子核の磁気モーメントは,それらのもつ角運動量に起因している。角運動量に許される量子力学的な状態の数は,角運動量がħ(ħ=h/2π。hはプランク定数)を単位としてJであるとき2J+1個である。磁場がないときには,これらのすべてが同じ確率で現れるが,磁場が有限であるときにはそれぞれの状態のエネルギーが同じでなくなり,したがって現れる確率も異なるようになる。この確率の分布は磁場がH,絶対温度がTのとき,H/Tの値によって一意的に決まる。ここで外界と熱のやりとりを断つと,分布は磁場によらなくなり,磁場を減少させてH′にすると,H/T=H′/T′であるような低い温度T′に移る。このままではH′を0にすると絶対0度に到達できることになるが,磁気モーメント間にはつねに相互作用があり,外部磁場を0にしても有限な内部磁場H*が残るためにT′の最小値はT・H*/Hに制限される。したがって,より低い温度を実現するためには,磁気モーメント間の相互作用が小さい物質が望ましく,そのために,mK以下では核磁気モーメントが選ばれる。
熱力学的には,以上の操作は等温磁化と等エントロピー消磁の過程であり,気体の断熱膨張と等価である。
→極低温
執筆者:小林 俊一
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… ひとたび低温の液体が作られると,次にはそれを減圧して気化熱を奪うことによってさらに低い温度が作れるが,温度が下がると蒸気圧は急速に低下し,蒸発速度が遅くなるために,もっとも沸点が低い物質であるヘリウム3の液体を減圧して得られる実用的な温度は約0.3Kに制約される。液化気体
[より低い温度を求めて]
液体ヘリウムの減圧で得られる0.3Kよりも低い温度は,まったく別の原理に基づいた断熱消磁による冷却,ヘリウム3‐ヘリウム4希釈冷却,ポメランチュク冷却などによって実現される。 断熱消磁の方法は,物質の中の電子,あるいは原子核がもつ磁気モーメントを,一定の温度に保ちながら外部から強い磁場をかけて磁場の方向にそろえて磁化し,次に物質を外界と断熱してから磁場を減少させるというものである。…
※「断熱消磁」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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