コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ヌミディア ヌミディア Numidia

6件 の用語解説(ヌミディアの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ヌミディア
ヌミディア
Numidia

現在のアルジェリアにほぼ相当する地域に対する古代ローマ時代の呼称。この地方に入植したフェニキア系民族カルタゴ人の軍隊のなかで,前6世紀以来優秀な軍人としてヌミディア人の名が現れる。彼らは元来半遊牧の生活をおくる原始的民族であったが,前3世紀末キルタ (現コンスタンチーヌ) にいた一部族マッシリの王マシニッサのもとに統一され,カルタゴの滅亡とともに国家を整備した。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

ヌミディア(Numidia)

古代、アフリカの北西部、現在のアルジェリア付近にあった地方名。前3世紀ごろ、ヌミディア王国が成立したが、のちローマ帝国の属州となった。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

ヌミディア

北アフリカ,カルタゴの西部,南部を占めた古代国家ベルベル人系の遊牧民の居住地。前3世紀初めにマシニッサが統一王国を建ててから発展,ローマとのユグルタ戦争後も栄えた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

ヌミディア【Numidia】

北アフリカ,マグリブ地方の古代国家。後にローマ帝国の属州。古代マグリブの住民はベルベル系諸語(リビア語)を話し,遊牧と並んで早くから農耕を開始していたが,前3世紀までは階級国家形成にいたらず,部族連合の段階にあった。カルタゴ周辺から大西洋岸に向かって順にマッシュリMassyliマサエシュリMasaesyliマウリMauriの3種族が有力で,前2者を総称してヌミディア人と呼ぶ。ヌミディアの統一王国は,第2次ポエニ戦争の際ローマと同盟したマッシュリ首長マシニッサのマサエシュリ領併合により誕生した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

ヌミディア【Numidia】

アフリカの地中海沿岸、アルジェリア北東部地方の古名。紀元前200年頃ヌミディア王国が形成されたが、前46年ローマの属州となった。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ヌミディア
ぬみでぃあ
Numidia

紀元前3~前1世紀に、北アフリカ西部を支配したマッシュリーMassyli人の王国の古代ローマ世界における通称。転じて、王国中央部をさす地名。古代北アフリカの原住民は、現在北アフリカ各地に分布するベルベル系諸言語と同系の言語を話したとされ、マッシュリー人もその一派である。ベルベル社会は早くも前二千年紀には定住・農耕の段階に達し、前一千年紀前半にはフェニキア人の植民、とりわけカルタゴ建国の影響下で、各地に王権の発生をみるに至ったが、これらはポエニ戦争期まではおおむねカルタゴの覇権下にあり、その軍事力供給源に甘んじた。第二次ポエニ戦争の際、ローマがカルタゴへの対抗上ベルベル諸王権との同盟を求めると、これと結んだマッシュリーの王族マシニッサMassinissaは当時最強といわれた西隣のマサエシュリーMasaesyli人の王国を打倒・併合し、ここにキルタCirta(現在のコンスタンティーヌ市?)を首都とするヌミディア王国regnum Numidiaeが成立(前202)する。
 ヌミディア王権は当初よりローマの同盟者としてローマの北アフリカ進出の橋頭堡(きょうとうほ)の役割を演じ、第三次ポエニ戦争開戦の要因ともなるが、反面、国内では王領地での穀物生産を基礎に、フェニキア系都市支配、東方ギリシア世界との交流などを通じてヘレニズム諸王国に範をとった支配体制を構築し、一時代を画した。しかしカルタゴ滅亡、ローマの属州アフリカ設置(前146)後は、ローマ・イタリア人事業家の浸透とともに、王権の対ローマ従属性が深まり、これに反発する諸階層を結集したユグルタJugurthaの政権掌握の試みもローマの軍事介入(前111~前105)により崩壊して、以後はまったくの傀儡(かいらい)王権と化した。ローマ共和政末期の内乱の際、ヌミディア最後の王ユバJuba1世はポンペイウス派にくみして敗死し、遺領の大半がカエサルにより属州化(前46)されて、王国は滅亡する。ヌミディア時代の墳墓・神殿などの遺構は現在チュニジアおよびアルジェリア各地に残存し、マッシュリー王家のものとされるメドラセンMedracenの円形大墳墓はとくに有名である。[栗田伸子]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内のヌミディアの言及

【カルタゴ】より

…最高政務官は毎年門閥から選出される2人のスフェテスsuffetes,軍事指揮官は別途選ばれる将軍であったが,実権を握るのは数百名の門閥から成る元老組織,104人から成る裁判委員会であり,独裁者出現の芽は厳しく摘みとられた。民会(市民総会)は有名無実であり,市民の従軍はまれで,イベリア人,バレアレス人等,西地中海諸住民からの傭兵,従属リビア人からの徴兵,ヌミディアマウレタニアのベルベル人首長からの援軍が軍隊の中核をなした。商人の社会的地位の高さと軍人への評価の低さはギリシア・ローマ社会と対照的である。…

※「ヌミディア」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

ヌミディアの関連キーワードブリンクマグリブアフリカ菫アフリカ舞舞ホワイトアフリカ汎アフリカ主義北阿アフリカデーイフリーキーヤ《日本の古代国家》

今日のキーワード

カルテット

四重唱および四重奏。重唱,重奏の形態のなかで最も基本的なもので,声楽ではルネサンスの多声歌曲の形式であるシャンソンやフロットラから始り長い歴史をもつ。器楽も同様で,特に弦楽四重奏は室内楽の全レパートリ...

続きを読む

コトバンク for iPhone

ヌミディアの関連情報