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ネフスキー Nevskii, Nikolai A.

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ネフスキー
Nevskii, Nikolai A.

[生]1892.2.6. ヤロスラブリ
[没]1945.2.14.
ソビエト連邦の東洋学者。言語学者。1914年ペテルブルグ大学東洋学部卒業。ボードアン・ド・クルトネーらに習う。1915年訪日。民族学,アイヌ語,琉球宮古島方言,台湾先住民諸語のツォウ(曹)語,さらには西夏語などを研究。1929年帰国後レニングラード大学教授となり,日本語を教えながら,西夏語研究などに大きな業績を残した。1937年国家反逆罪で日本人の妻とともに逮捕され粛清されたが,1957年その名誉は回復され,1962年にはレーニン賞が与えられた。主著『タングート(西夏)言語学』Tangutskaya Filologiya(2巻,1960)。

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デジタル大辞泉の解説

ネフスキー(Nikolay Aleksandrovich Nevskiy)

[1892~1945]ソ連東洋学者。日本へ留学し、柳田国男折口信夫などと親交を結ぶかたわら、東北・沖縄の民族、アイヌ語宮古島方言、西夏語などの研究に成果をあげた。帰国後の1937年、粛清によって逮捕され、服役中に死亡した。

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百科事典マイペディアの解説

ネフスキー

ロシアの日本学者,西夏学者。ペテルブルグ大学で東洋学を学び,1915年から日本に留学,柳田国男折口信夫らと親交を結んだ。ロシア革命のために滞在を延期し,教師を務めながら日本各地を調査旅行し,その成果を《民族》などの雑誌に発表した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

ネフスキー Nevsky, Nikolay Aleksandrovich

1892-1945 ロシアの東洋学者。
1892年3月2日生まれ。大正4年(1915)日本に留学,小樽高商,大阪外国語学校でロシア語をおしえるかたわら,日本民俗学,アイヌ語,西夏(せいか)語などを研究した。11年万谷イソと結婚。昭和4年帰国。1937年に国家反逆罪で逮捕,投獄され,1945年2月14日死去。52歳。1957年名誉回復された。ペテルブルグ大卒。著作に「月と不死」。

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世界大百科事典 第2版の解説

ネフスキー【Nikolai Aleksandrovich Nevskii】

1892‐1945
ロシアの日本学者,西夏学者。ヤロスラブリに生まれ,ペテルブルグ大学東洋学部卒業後,1915年日本に留学して柳田国男,折口信夫らと親交をむすぶ。ロシア革命が起きたため帰国を延期し,小樽高商,ついで大阪外国語学校にロシア語教師として勤務するかたわら,日本各地を調査旅行し,東北のおしら信仰,アイヌのユーカラ,沖縄宮古島のフォークロアなどに関する論文を《民族》その他の雑誌に発表した。22年,北海道出身の万谷イソと結婚して娘エレーナをもうけた。

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大辞林 第三版の解説

ネフスキー【Nikolai Aleksandrovich Nevskii】

1892~1945) ソ連の東洋学者。日本に留学し、柳田国男らと交わり、東北・沖縄で民俗調査を行う。帰国後、粛清され、流刑地で死亡。著「月と不死」「西夏文献学」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ネフスキー
ねふすきー
Николай Александрович Невский Nikolay Aleksandrovich Nevskiy
(1892―1945)

ソ連の東洋学者。1914年ペテルブルグ大学を卒業、翌年日本へ留学したが、ロシア革命のために日本にとどまり、小樽(おたる)高等商業学校、大阪外国語学校で教鞭(きょうべん)をとりながら、日本民俗学、アイヌ語、宮古島方言、ツォウ族(台湾)の言語、西夏(せいか)(タングート)語などを研究した。この間、柳田国男(やなぎたくにお)、折口信夫(おりくちしのぶ)、石浜純太郎らと親交を結んだ。29年(昭和4)秋ソ連に帰り、レニングラード大学教授となり、在日中結婚した日本女性萬谷(よろずや)イソを迎えて、西夏語研究その他に前人未踏の境地を開いた。しかし37年秋「粛清」によって逮捕され、服役中シベリアで死んだ。遺稿集『西夏言語学』(1960)によって62年レーニン賞を贈られた。[加藤九祚]
『ネフスキー著、岡正雄編・加藤九祚解説『月と不死』(1971・平凡社・東洋文庫) ▽加藤九祚著『天の蛇』(1976・河出書房新社)』

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世界大百科事典内のネフスキーの言及

【日本研究】より

…他方,言語学者のポリワーノフEvgenii Dmitrievich Polivanov(1891‐1938)は日本語の系統論と方言研究で世界的に知られた。同様に東洋語学者N.A.ネフスキーはアイヌ語,琉球語の研究に従事した。東大国文科に学んだS.G.エリセーエフは,一時ペトログラード大学の教壇に立ったが,革命後亡命し,フランスとアメリカ合衆国で多数の日本研究者を育てた。…

※「ネフスキー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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