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ハインリヒ[6世] ハインリヒ

百科事典マイペディアの解説

ハインリヒ[6世]【ハインリヒ】

シュタウフェン朝ドイツ国王(在位1169年―1197年),神聖ローマ皇帝(1191年―1197年)。シチリア王(在位1194年―1197年)を兼ねる。フリードリヒ1世の子。
→関連項目フリードリヒ[2世]

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世界大百科事典 第2版の解説

ハインリヒ[6世]【Heinrich VI】

1165‐97
シュタウフェン朝のドイツ国王(在位1169‐97),神聖ローマ皇帝(在位1191‐97)。父フリードリヒ1世存命中,1169年3歳でドイツ国王,父王死後91年神聖ローマ皇帝。シチリア王女コンスタンツェとの結婚を通じて同王国の相続権を得,94年パレルモで戴冠。シチリアとドイツの両王国をシュタウフェン家の世襲王権のもとにおくため,96年,いわゆる〈世襲王国プラン〉をドイツ諸侯に提案したが拒否される。97年,十字軍をおこしたがマラリアのため32歳の若さでメッシナにて急死。

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世界大百科事典内のハインリヒ[6世]の言及

【シチリア王国】より

…王国の政治は12世紀中葉に一時動揺したが,グリエルモ2世Guglielmo II(在位1172‐89)によって秩序が再建された。しかし男系が絶えたため,グリエルモ1世の妹コンスタンツァと結婚したホーエンシュタウフェン家のハインリヒ6世が王位継承権を主張し,各地の抵抗を鎮圧して即位した(在位1194‐97)。彼の死後,王国は教皇インノケンティウス3世の仲介によってハインリヒの子フリードリヒ2世(在位1198‐1250)に受け継がれたが,その際に,教皇はノルマンのシチリア征服以来王国が教皇の封臣であることを宣言した。…

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