改訂新版 世界大百科事典 「ハヤブサ」の意味・わかりやすい解説
ハヤブサ (隼)
タカ目ハヤブサ科の鳥の1種,また同属の大型数種の総称,いちばん広義には,ハヤブサ科の総称としても用いられる。ハヤブサFalco peregrinus(英名peregrine falcon)は全長約41cm,上面は濃い青灰色,下面は白地に小さな斑がある。胸の筋肉がとくによく発達していて,飛翔(ひしよう)力が強く,飛翔中の鳥めがけて高空から翼をすぼめて時速400kmもの高速で急降下し,あるいは全力で羽ばたいて追いかけ,たくましい脚の指でけり落とし,またはくちばしで獲物のくびの骨を折って殺す。ヒヨドリ,ツグミくらいの大きさの鳥をおもに狙うが,ライチョウ類,ハト類,ときにはカモ類や自分よりも大きい小型のガン類も獲物とする。地上にいる鳥や,哺乳類をとることは少ない。分布は非常に広く,南極大陸を除くすべての大陸のほか,大洋の島々でも繁殖している。日本でも各地の海岸地帯で少数が繁殖しているほか,冬鳥として渡来するものが多かったが,近年は渡来数が減っている。海岸や山地の崖地を好み,崖のくぼみを巣として1腹3~4個の卵を産む。抱卵はおもに雌が行い,雌はその間雄から給餌を受ける。約30日間でほぼ同時に孵化(ふか)する。約2週間は雄の獲物を巣にいる雌が受けとり,雛に与える。それ以後は雌も狩りに出かける。
日本には,ハヤブサのほかに,やや小型のチゴハヤブサF.subbuteo(英名hobby)が一年中生息する。この種は小鳥とセミなどの大型昆虫をとる。林縁の樹木上のカラスの古巣を利用して巣とすることが多い。国外ではアフリカ北西部からイギリス,ユーラシアに広く分布している。ハヤブサより大型のシロハヤブサF.rusticolus(英名gyrfalcon)は北半球の極地で繁殖し,日本には冬鳥として少数が渡ってくる。全身白地に黒い斑があり,その斑の多少によって白く見える個体から黒く見えるものまでさまざまである。そのほか,日本で見られる小型のハヤブサ類としては一年中生息するチョウゲンボウ,冬鳥として飛来するコチョウゲンボウがある。ヨーロッパの鷹狩では,オオタカなどのタカ類とイヌワシなどのワシ類のほか,ハヤブサ類も重用され,キジ・ライチョウ類やカモ類をとらせる。日本でも鷹狩にハヤブサも使ったが,欠点はせっかく仕上げても長生きしないことである。ハヤブサ類には,勇気があり力強いイメージがあり,戦闘機やミサイルにその名がつけられることが多い。
執筆者:竹下 信雄
象徴,民俗
タカと同様ハヤブサは,太陽と死者の世界との連絡役と考えられ,光の象徴とされる。エジプトの光の神ホルス,ギリシアの太陽神ヘリオスの娘キルケ,北欧神話の火の神ロキなどはこの鳥を標章とし,またキリスト教ではイエス・キリストの現世における姿を表現する。大プリニウスは《博物誌》でハヤブサの一種チョウゲンボウを鳩を護る鳥と述べ,これを鳩舎に置けば鳩が定住するとしている。現実にヨーロッパではその習慣があったが,やはりこの鳥も鳩を襲うので,むしろネズミや猫よけとして鳩舎につながれていたのであろう。また,ハヤブサは世界樹の頂から世の動きを眺め神に残らず報告するという伝承が,ゲルマン人やスラブ人の間に流布する。フン族の王アッティラの軍章,イギリスのランカスター家の紋章に使われ,一般に騎士の象徴ともなった。
執筆者:荒俣 宏
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報