デジタル大辞泉
「バッジ」の意味・読み・例文・類語
出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
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バッジ
- 〘 名詞 〙 ( [英語] badge )[ 異表記 ] バッチ 帽子や衣服につけて、その人の職業・地位・身分・所属・名誉などを示す、金属などでつくった小形の徽章。
- [初出の実例]「君達の胸のバッヂをみたまへ」(出典:オリンポスの果実(1940)〈田中英光〉八)
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
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Budge, Don
[生]1915.6.13. カリフォルニア,オークランド
[没]2000.1.26. ペンシルバニア,スクラントン
アメリカ合衆国のテニス選手。本名 John Donald Budge。1938年にウィンブルドン選手権大会,全豪選手権大会(→全豪オープン),全仏選手権大会(→全仏オープン),全米選手権大会(→全米オープンテニス選手権大会)の世界四大大会を制し,史上初の年間グランドスラムを達成した。試合のスタイルは攻撃的で,従来はおもに防御用とされていたバックハンドと強力なサーブで相手を攻めた。1935~38年デビスカップに出場し,その間の 1937年には 1926年以来優勝から遠ざかっていたアメリカチームの勝利に貢献した。ウィンブルドン選手権では 1937,1938年の男子シングルス,男子ダブルス,混合ダブルスの 3種目連覇を果たし,全米選手権では 1937,1938年の男子シングルス連覇,1936,1938年に男子ダブルスで優勝に輝いた。1937年にテニス界で初めてサリバン賞を受賞した。1938年プロに転向。第2次世界大戦中の 1942年アメリカ陸軍航空隊に入隊して選手生活を中断したが 1946年に復帰,1954年に現役を引退した。1964年国際テニス殿堂入り。
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Budge, Sir (Ernest Alfred Thompson) Wallis
[生]1857.7.27. コーンウォール
[没]1934.11.23. ロンドン
イギリスの東洋学者。ケンブリッジ大学でアッシリア学とヘブライ学を学び,1883年より大英博物館に勤務。 94~1924年まで同館のエジプト・アッシリア室の管理にあたった。その間中近東方面での発掘,調査を行い,古代の遺物のほかに多くの古代語の文献を発掘。 20年にナイト爵に叙せられた。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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世界大百科事典(旧版)内のバッジの言及
【記章】より
…同族会社として出発したもののなかには家紋をそのまま社章としたものもあるが,あらたなマークをつくったところもある。そうした社章は建物や社旗や製品につけられ,また従業員は,バッジを胸につけてその組織の一員であることを示すようになった。おなじ傾向は大学をはじめ,教育機関にもおよんだ。…
【十六大国】より
…大国とはマハージャナパダmahājanapadaの訳で,マハーは〈大きい〉,ジャナパダは〈人間の居住地〉を意味する。国名は経典によって若干の相違があるが,パーリ語原始仏教経典によれば,アンガAṅga,[マガダ],カーシーKāsī(カーシKāsi),[コーサラ](国),バッジVajji,[マッラ],チェーティCeti,バンサVaṃsa,[クル],[パンチャーラ],マッチャMaccha,スーラセーナSūrasena,アッサカAssaka,アバンティAvanti,ガンダーラGandhāra,カンボージャKambojaである。ガンガー(ガンジス)川流域諸国が大部分を占めたが,ガンダーラ,カンボージャなどの西北辺境地域,デカン西部のアッサカなどの国々も含まれている。…
※「バッジ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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