日本大百科全書(ニッポニカ)「フェーン」の解説
フェーン
ふぇーん
foehn 英語
Föhn ドイツ語
山脈の風下側でおこる温暖で乾燥した風。このことばは、初めヨーロッパ・アルプスを吹き越す風についていわれたが、現在は広く一般に、そのような性質の風をフェーンとよび、その風の影響下で生じた気象状況を「フェーン現象」とよんでいる。フェーンのことを日本では「風炎」と訳したこともあった。フェーンの語源には2説があり、一つはラテン語のファボニウスfavoniusから転訛(てんか)したとするもので、これは春の初めに吹く、植物の生育を助ける西風のことである。他の説はゴート語のフォンfônからきたとするもので、これは「火」を意味する。
[根本順吉・青木 孝]
成因と性質
フェーンが吹くのは次のような理由による。
風が山脈を吹き越す場合、風上側で気流が飽和して雲ができると湿潤断熱減率(100メートルにつき約0.5℃)で気温が下がる。次に、この気流が風下に吹き降りてくる場合は、山の風上側で雨を降らせて水分が少なくなっているので、こんどは乾燥断熱減率(100メートルにつき約1.0℃)で気温が上昇する。したがって1000メートルの山を吹き越す場合は、この山を吹き越すときと吹き降りるときの断熱減率の差によって気温が約5℃上昇し、これがフェーンの原因となるのである。ヨーロッパ・アルプスのフェーンの主体は、南から北に風が吹き越す場合であるが、反対に、北側からイタリア側へ風が吹き降りる場合にもフェーンとなる。
フェーンが吹くときは、山の風上側で降雨を伴った雨雲がみられる。山を越えてこの雲が風下側にある高さまで降りてくると、気流の昇温によって雲は蒸発し消える。そのため山脈に平行して雲が壁のように一線をなしてみられる。これをフェーンの壁Föhnwall(ドイツ語)という。また山の風下側の上空にはレンズ雲やロール雲が現れるが、これは気流が山を越すとき波動現象をおこして定常波を形成するからである。
ヨーロッパ・アルプスの北の斜面では、谷の向きによって、フェーンが吹き降りやすい谷と、吹き降りにくい谷がある。前者の場合は、雪も早く融(と)けてブドウも多く実るが、後者の場合、いつまでも雪が残って陰鬱(いんうつ)な天気が続く。このため、隣接する谷に住む住民の気質にまで影響を与えているといわれている。ヨーロッパ・アルプスでフェーンが吹くことが予想される場合は、まず最初に火を落とし、防火対策を考える。フェーンが吹くと気分が悪くなったり頭痛を訴える人も多く、フェーンは一種の気象病の要因ともなっている。
[根本順吉・青木 孝]
世界のフェーン系の風
フェーンと同系の風として知られるものに次のようなものがある。シヌックchinook(アメリカ)、ゾンダzonda(アルゼンチン)、ルジュカljuka(バルカン半島)、ハルニー・ウィアトルhalny wiatr(ポーランド)、オースツルaustru(ルーマニア)、ファボゴンfavogon(スイス)、アスプルaspre(フランス)、カンタベリー北西風Canterbury northwester(ニュージーランド)。
日本では、日本海で低気圧が発達するとき、日本海側の各地で吹く「だしかぜ(出風)」はフェーンの性質をもっている。また、関東地方では、台風が通過後風が西に回るとフェーンとなる。
[根本順吉・青木 孝]
『伊藤学編『風のはなし1』(1986・技報堂出版)』▽『小倉義光著『お天気の科学――気象災害から身を守るために』(1994・森北出版)』▽『真木太一著『風と自然――気象学・農業気象・環境改善』増訂版(1999・開発社)』▽『山岸米二郎著『気象予報のための風の基礎知識』(2002・オーム社)』▽『吉野正敏著『世界の風・日本の風』(2008・成山堂書店)』▽『荒川正一著『局地風のいろいろ』3訂版(2011・成山堂書店)』