ベール(英語表記)veil

  • Bale, John
  • Bayle, Pierre
  • Henri Beer
  • Paul Bert
  • Pierre Bayle

翻訳|veil

デジタル大辞泉の解説

女性の顔や頭を覆う薄い布やネット。面紗。
はっきりとわからないように覆い隠すもの。とばり。「神秘のベールに覆われる」
[1647~1706]フランス哲学者。デカルト懐疑の方法を継承して歴史学・哲学・神学に導入し、「歴史的批判的辞典」を著した。

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百科事典マイペディアの解説

フランスの哲学者。自由思想家のカルバン派の懐疑主義者として終生カトリック教会と伝統的形而上学を攻撃,18世紀の啓蒙思想に絶大な影響を与えた。寛容思想の先駆的提唱者でもある。主著《彗星雑考》(1682年),《歴史批評辞典》(1697年)。
古代バビロニアの神。バアル同様,〈主〉の。ときにエンリルマルドゥクアッシュール別称
女性の頭や顔をおおうのに用いる薄い布。古くからあるが,現在ではネット,チュール,レースなどで作られ,おもに帽子の装飾やウェディング・ベールとして使われる。スペインのマンティリャや,地域,国によって名称は異なるがイスラムの女性がかぶるヒジャーブもベールの一種である。

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世界大百科事典 第2版の解説

〉〈覆い〉〈〉などを意味するラテン語ウェルムvelumに由来し,神殿(とばり)や聖像などの覆いをいうが,一般には顔や頭部を覆う薄地の軽い布のことをいう。おもに女性が顔を隠したり,保護したり,装飾のために用いる。衣服共布,または別布の綿などで作られ,レースやししゅうがほどこされたものもある。古代ギリシアではカリュプトラkalyptraという軽い布をかぶったり,ヒマティオンペプロスをフードのようにかぶったりした。
1863‐1954
フランスの歴史哲学者。19世紀の実証主義歴史学が細部考証にとらわれて全体を見る眼を喪失したことを批判し,総合的視点の復権を提唱した。1900年《歴史総合雑誌Revue de synthèse historique》を創刊,L.フェーブルやM.ブロックなど若い世代の歴史家に強い影響を与え,フランス現代歴史学の誕生に大きく貢献した。20年《人類の発展》双書を創刊し,今日,新しい歴史学の代表的作品として知られる多くの名著刊行したが,各巻冒頭には自ら長文のを付して歴史の総合的把握の実践の場とした。
1833‐86
フランスの生理学者で,アンナン・トンキン理事長官としてフランス領インドシナ連邦の建設に力を尽くした。自然科学者であり,文部大臣(在任1881‐82)であったが,1885年以降のバンタン(文紳)蜂起で武断的なインドシナ政策が行き詰まり,文官的協同主義を標榜するフレイシネ内閣が登場するや,86年1月,とくに請われてアンナン・トンキン理事長官に任命され,4月ハノイに着任した。ベールは行政官における文官の比率を高めるとともに,現地人の政治機構への積極的利用を図り,中央に現地人有力者評議会を,地方各郡にはトンキン諮問会議を設置し,またフエ宮廷の権力を認めた。
1647‐1706
フランスの思想家。ピレネー山麓ル・カルラのカルバン派の牧師の家に生まれ,ピュイローランとトゥールーズ学院に学んだ。1669年一時カトリックに改宗したが翌年には新教(プロテスタント)に復帰してジュネーブに逃れ,同地の新教大学で神学を学んだ。75年スダンの新教大学の哲学教授になったが,81年大学が閉鎖されるとオランダロッテルダムに亡命し,同地の新教大学で哲学と歴史を教えて同地でした。82年出世作《彗星雑考》を発表して道徳宗教からの自立性を説き,スピノザのような〈有徳の無神論者〉の存在を強調した。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

[生]1495.11.21. サフォーク
[没]1563.11. カンタベリー
イギリスの聖職者,劇作家。 12歳でカルメル会に入り,一時修道会副院長にまでなったが,1533年頃プロテスタントに改宗,誓を破って結婚し,世俗的生活をおくった。この間多くの宗教劇を書き,52年にはアイルランド主教となった。国王エドワード6世の死と同時に身の危険を感じオランダに逃亡,エリザベス1世の即位の翌 59年帰国した。劇の代表作はプロテスタンティズムを擁護した『ジョン王』 King John (1548頃) 。
[生]1647.11.18. フランス,カルラルコント
[没]1706.12.28. オランダ,ロッテルダム
啓蒙主義のさきがけとなったフランスの懐疑論的哲学者(→懐疑論)。カルバン派の家庭に生まれ,1669年カトリックに改宗したが翌 1670年カルバン派に戻り,ジュネーブでデカルト哲学にふれ,1675~81年スダンのプロテスタントのアカデミーで教えた。のちロッテルダムに移って哲学と歴史を教え,1684~87年『文芸国通信』Nouvelles de la république des lettresを刊行。ルイ14世の迫害政策を非難し,カルバン主義を擁護し,ピエール・ジュリュー対立,1693年教授職を追われた。以後『歴史批評辞典』Dictionnaire historique et critique(1697)の編纂専心
頭部や顔の保護,装飾,宗教上の目的などでかぶられる一般には薄い布地や網地の呼称。この慣習は古代オリエントに始り,前 1000年代のアッシリアでは,既婚女性がベールで顔をおおうべきことが法で定められていた。現在も根強く踏襲されているイスラム教徒チャドリはこの慣習を受継いだものである。一方古代オリエントからエジプトやギリシア,ローマへ伝わり,やがてキリスト教の普及とともにヨーロッパへ広まり,西洋中世女性の最も普遍的なかぶりものとなった。今日,キリスト教の尼僧ウェディングドレスに残っているベールをかぶる慣習は,これを踏襲したもの。こうした儀礼用を除けば近世以降,ベールは次第に装飾化している。

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367日誕生日大事典の解説

生年月日:1902年4月12日
オランダの政治家
1977年没

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精選版 日本国語大辞典の解説

〘名〙 (veil)
① 女性が顔をかくしてつつしみを表わしたり、装飾としたりするためにかぶる薄い布や網。頭にかぶったり、帽子の縁につけてたらしたりする。
※葬列(1906)〈石川啄木〉「簡単な洋服を着て、面紗(ヴェール)をかけて」
② (比喩的に) おおい隠すものやおおい包むもの。
※欧米印象記(1910)〈中村春雨〉大陸横断日誌「その先きなる小き滝も、皆神秘のヴェールの中に透かされて眺められし申候」
(Pierre Bayle ピエール━) フランスの思想家。宗教的教義と人間の生まれながらの理性を峻別して合理主義を主張した。主著「歴史的・批評的辞典」。(一六四七‐一七〇六

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世界大百科事典内のベールの言及

【被り物】より

…ギリシア・ローマ時代には,被り物は旅行用・戦闘用以外にはほとんど用いられず,男性は布や金属製の細紐で,女性はリボンや飾り帯で頭髪を整えた。ビザンティン時代,服装は華美になり,女性は縁取りされた透明なベールをつけ,その上に金銀細工の輪や小さな帽子をのせた。中世には特徴のある各種の被り物が発達した。…

【ベドウィン】より

…テントの中には,女性や子どもが居る家族用の区画と,男性が客を招いたときに使用する来客用の区画とが,垂れ幕で仕切られている。 ベドウィンの衣服は,夏の暑さ,冬の寒さや乾燥した空気をしのげるように,適当なゆるみをもたせて作られており,男性がかぶるクーフィーヤkūfīyaと呼ばれる布や,女性のタルハṭarḥa(ベール)は,直射日光や砂ぼこりから身体を保護する重要な役目を果たしている。このような衣類は,生活に必要な他の道具類や食料と同様,ほとんど町の〈ベドウィン市場〉からの購入品である。…

【モテット】より

…歌詞を付された対位旋律は〈モテトゥスmotetus〉(ラテン語)と呼ばれ,その語源は古いフランス語で〈ことば〉を意味するmotであったとされる。やがて1240年ころからモテトゥスの名は,その種の作風をもつ楽曲自体の呼称となり,付加声部の数も2声部,まれには3声部にまで増大し,グレゴリオ聖歌の部分を拡大した定旋律の上に,フランス語のテキストをもち,トルベール歌曲の流れを引く世俗歌曲が置かれるという聖俗混交の形も現れた。さらに14世紀には,イソリズムisorhythm(またはアイソリズム)と呼ばれる一定の長さのリズム型を,いわばリズム的フレーズとして,音高にかかわりなく1ないし全声部に適用した高度に技巧的な作風が現れた(マショー)。…

【スタンダール】より

…フランスの小説家。本名アンリ・ベールHenri Beyle。地方都市グルノーブルの富裕なブルジョア家庭の生れ。…

【ハリーすい星(ハリー彗星)】より

…1680年の出現に際しても,詩人ミルトンらがその恐怖を詩に表した。同時にフランスのP.ベールが《すい星雑考》(1682)において,すい星と疫病などの迷信的な結合を否定し,すい星の科学的認識を普及させる努力も開始された。しかし1910年の事件に見られるように,すい星の科学的解明が進んだためにかえって大きな恐慌が起きるほど,この恐怖感は根強い。…

【百科事典】より

…後者はConversationslexikon(字義どおりには会話辞典)と題するタイプの最初のものであり,台頭する市民階級の世間的つきあいに必要な教養を提供する目的で編まれており,この系統は後の《ブロックハウス百科事典》などにつながっていく。さらに,この時期の代表例としては,フランスのP.ベールの《歴史批評辞典Dictionnaire historique et critique》2巻(1697)があげられる。理性的判断への信頼を強調するベールは,個々の知見の真偽を〈批判的〉に吟味しようとしたのである。…

※「ベール」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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