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ホイットマン ホイットマン Whitman, Marcus

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ホイットマン
ホイットマン
Whitman, Marcus

[生]1802.9.4. アメリカニューヨークラッシュビル
[没]1847.11.29. アメリカ,ワシントン,ワイラトプ
アメリカの医師,会衆派教会宣教師。オレゴン地方の開拓者。宣教師団の一員として北西部地方の先住民族であるフラットヘッド族ネズ・パース族インディアンに耕作,製粉業,灌漑法などを教え医療に従事。

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ホイットマン
ホイットマン
Whitman, Walt(er)

[生]1819.5.31. ニューヨーク,ウェストヒルズ
[没]1892.3.26. ニュージャージーカムデン
アメリカの詩人。大工を兼業とする農家に生れ,4歳のときにブルックリンに移り,1830年公立学校を中退,法律事務所や医師の使い走り,印刷工,小学校の教師などをし,41年から新聞記者となる。

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ホイットマン
ホイットマン
Whitman Corp.

アメリカ合衆国のかつての複合企業持株会社。1962年にイリノイ・セントラル・インダストリーズとして設立。1975年にアイシー(IC)・インダストリーズと改称。1988年ホイットマンに社名変更。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉の解説

ホイットマン(Walt Whitman)

[1819~1892]米国の詩人。自由な形式で、強烈な自我意識民主主義精神、同胞愛、肉体の賛美をうたった。詩集「草の葉」、論文「民主主義の展望」など。

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百科事典マイペディアの解説

ホイットマン

米国の詩人。ロングアイランドの大工の子に生まれ,多くの職業につく。エマソンの著作に刺激され,1855年初版《草の葉》を発表して反響を呼んだ。南北戦争が始まると,奴隷制に反対して傷病兵の看護に努め,予言的な戦争詩集《軍鼓の響き》(1865年)をまとめる。
→関連項目有島武郎キャムデンギンズバーグ自由詩富田砕花ペソアマーク・トウェーン

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

ホイットマン Whitman, Charles Otis

1842-1910 アメリカの動物学者。
1842年12月14日生まれ。ドイツライプチヒ大に留学,のちE.S.モースの推薦により,明治12年(1879)東京大学動物学教授として来日。石川千代松(ちよまつ)らをそだてた。14年帰国し,シカゴ大教授などを歴任。生年に1843年12月12日説がある。1910年12月6日死去。67歳。メーン州出身。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

ホイットマン

没年:1910.12.6(1910.12.6)
生年:1842.12.14
明治期に来日したお雇い外国人アメリカ人動物学者。メーン州に生まれ,苦学して動物学を学ぶ。ドイツ留学(1875~78)後にモースの紹介で来日,明治12(1879)年から2年間東大教授として,当時最先端顕微鏡技術や解剖手技を教えた。教育方針は研究至上的なドイツ流だった。日本の社会や文化にさほどの足跡は残さなかったが,帰米後は発生学で次々に業績を挙げ,1888年にウッズホール臨海実験所の初代所長となり,同所が世界一の臨海研究施設に育つ土台を作った。動物行動学や遺伝学でもパイオニアひとりといわれる。

(磯野直秀)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

ホイットマン【Charles Otis Whitman】

1843‐1910
アメリカの動物学者。メーン州出身。苦学してボードン大学を卒業し(1868),ボストンの高校の副校長在任中にドイツへ留学した。1875年ライプチヒ大学ロイカルトRudolf Leuckartのもとで学び,78年に帰国。翌年E.S.モースの推薦を受けて東京大学に着任し,2年間動物学を教えた。佐々木忠次郎岩川友太郎,飯島魁(いさお),石川千代松は彼の教え子である。離日後ナポリの臨海実験所でドールンA.Dohrnに師事し,その後ハーバード大学助手,ミルウォーキー臨湖実験所所長,クラーク大学教授,シカゴ大学教授を務めた。

ホイットマン【Walt Whitman】

1819‐92
アメリカの詩人。ニューヨーク州ロング・アイランドに生まれ,教育も満足に受けないまま11歳でブルックリンの法律事務所に雇われる。このころから文学を読むことの喜びを知り始めたが,翌1831年に新聞の植字工見習となり,以後ほぼ20年に及ぶジャーナリスト生活が始まる。奴隷制問題などをめぐって激しい抗争の渦中にあった当時のアメリカ社会の中で,ホイットマンは一貫して民主党進歩派の立場を守った。しかしニューヨークの民主党を保守派が支配するようになり,彼は職を失って,新たに結成されたフリーソイル(自由土地)党の機関紙《フリーマン》の主筆となる。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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大辞林 第三版の解説

ホイットマン【Whitman】

〔Charles Otis W.〕 (1842~1910) アメリカの動物学者。モースの後任として来日、東京大学で発生学を中心に講義し、初期の近代動物学者を育てた。ハトの遺伝・発生などの研究がある。
〔Walt W.〕 (1819~1892) アメリカの詩人。従来の詩の定型を破る「自由律」を駆使して、自由・平等・友愛の民主主義思想を謳うたった。詩集「草の葉」、評論「民主主義展望」など。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内のホイットマンの言及

【アメリカ文学】より

…彼に親炙(しんしや)したソローは,エマソンの説を自ら森の中の生活によって実践,その記録《ウォールデン》(1854)で物質主義化したアメリカに警鐘を鳴らした。またホイットマンは詩集《草の葉》(初版1855)で,あらゆるものの中に聖なるものを見るエマソン思想を発展させ,アメリカとアメリカの人間の生命を力強くうたった。この間,超越主義の仲間に一時は加わりながらもピューリタンの伝統に立つところの多かったホーソーンは,《緋文字》(1850)などによって人間の心に秘められた罪の意識の諸相を探り,心理のひだを象徴的に描いた。…

【草の葉】より

…アメリカの詩人ホイットマンの詩集。1855年に出た初版はわずか12編の無題詩から成る95ページの本だったが,以後版を改めるごとに新しい詩が加えられ,最後の第9版(1892)には402編が収められている。…

【男色】より

… また近代文学の大家たちの男色傾倒は壮観というほかない。プラトンを教皇としソクラテスを使節とする善なる教会の従僕であることを誇ったP.ベルレーヌとその相手のJ.N.A.ランボー,民衆詩人W.ホイットマン,社会主義運動にひかれた詩人E.カーペンター,男色罪で2年間投獄されたO.ワイルド,S.ゲオルゲなどがとくに知られているが,彼らばかりではない。ゲーテは《ベネチア格言詩》補遺で少年愛傾向を告白し,A.ジッドは《コリドン》で同性愛を弁護したばかりか,別の機会にみずからの男色行為も述べ,《失われた時を求めて》のM.プルーストは男娼窟を経営するA.キュジアと関係していた。…

【民主主義】より

…奴隷解放論争において特徴的なことは,リンカン大統領も含めて解放論者の側に,自由,正義,人道への訴えはあっても民主主義への訴えが必ずしもなく,むしろ奴隷制擁護論者の側に,アリストテレスをまねた,自然的優者間の自由・平等体制としての共和主義と民主主義という主張がみられたことである。しかし,民主主義の国民的理念化の努力は南北戦争後も続けられ,W.ホイットマンの《民主主義の展望》(1871)を生み出すこととなった。ホイットマンは,R.W.エマソン,H.D.ソローらいわゆる超越主義者(トランセンデンタリズム)の影響を受けながら,自由,平等,自治などに加えて,真の人格の発展,絶対的良心,愛のある同僚精神などを民主主義の精神原理の中に加え,この理想主義的民主主義概念を,南北戦争によって社会原理としては破産にしたピューリタニズムに代えて,新しい統一アメリカの理念にしようとした。…

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