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ボッティチェリ Sandro Botticelli

百科事典マイペディアの解説

ボッティチェリ

初期イタリア・ルネサンスの代表的画家。本名アレッサンドロ・ディ・マリアーノ・フィリペピAlessandro di Mariano Filipepi。フィレンツェ生れ。
→関連項目ウフィツィ美術館システィナ礼拝堂ピエタファン・デル・フースフィレンツェ派メディチ

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世界大百科事典 第2版の解説

ボッティチェリ【Sandro Botticelli】

1445‐1510
イタリアの画家。フィレンツェ生れ。父は皮なめし業を営む。1462ころ‐67年,当時プラートにあったフィリッポ・リッピの工房で徒弟として修業。70年にはフィレンツェ市内で独立した工房を構え,70年代前半にはしだいに制作依頼が増えてきたもようである。この時期は,ベロッキオの影響を感じさせる繊細な写実主義を示している。70年代には,一般にこの時代の作とされる3点の《三博士の参拝》(ロンドンのナショナル・ギャラリーの2点,およびウフィツィ美術館のいわゆる《ラーマ家の礼拝》)制作を通じて,写実と理想との均衡のとれた様式と,盛期ルネサンス絵画を予告する端正な求心的構図法とを確立する。

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大辞林 第三版の解説

ボッティチェリ【Sandro Botticelli】

1444頃~1510) イタリアの画家。フィレンツェ派初期ルネサンスに活躍、「ヴィーナスの誕生」「春」など人文主義的主題の傑作を残した。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ボッティチェリ

ボティチェリ」のページをご覧ください。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ボッティチェリ
ぼってぃちぇり

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世界大百科事典内のボッティチェリの言及

【ギリシア神話】より

…西欧世界の全面的なキリスト教化によって,ギリシア神話の神々は宗教的崇拝の対象としては死滅するが,前掲資料にとどめられた彼らの形姿はさらに後世に生きのび,とくにルネサンス以降は現在に至るまで文学,美術,音楽の分野で創造的な影響を及ぼしつづけている。ごく一部のとくに顕著な例にとどめるが,美術ではボッティチェリ,ティツィアーノ,ルーベンス,ベルニーニ,文学ではダンテ,ミルトン,ラシーヌ,ゲーテ,現代ではサルトル,コクトー,T.S.エリオットを,音楽ではグルック,ベートーベン,オッフェンバック,R.シュトラウスを挙げることができよう。 ギリシア神話についての解釈もギリシア自身に始まる。…

※「ボッティチェリ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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