マルテンサイト(英語表記)martensite

翻訳|martensite

デジタル大辞泉 「マルテンサイト」の意味・読み・例文・類語

マルテンサイト(martensite)

焼き入れをしたの組織名の一。オーステナイトを焼き入れした際に生じる針状または板状組織形態をとる準安定相を指す。名称はドイツの冶金学者A=マルテンスにちなむ。原子相互の配置関係は変化せず、結晶格子将棋倒しのように剪断変形することによって生じる。鋼以外の金属、合金セラミックスにおける類似の組織変態もマルテンサイト変態と呼ぶ。形状記憶合金はマルテンサイト変態が加熱冷却に伴い可逆的に生じることを利用したものである。

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精選版 日本国語大辞典 「マルテンサイト」の意味・読み・例文・類語

マルテンサイト

  1. 〘 名詞 〙 ( [英語] martensite ) 焼き入れした鋼に見られる組織の一つ。細かい針状組織で非常に硬い。鋼以外の合金でも変態点以上の温度から急冷した際に生じる針状組織をいうことがある。

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改訂新版 世界大百科事典 「マルテンサイト」の意味・わかりやすい解説

マルテンサイト
martensite

成分元素の拡散を伴わない相変態によって生じる組織の総称。

オーステナイト状態の鋼(面心立方晶)を急冷するとマルテンサイト(体心正方晶,体心立方晶,最密六方晶)組織が生成する。この処理を焼入れと呼んでいる。変態温度が十分低く,合金元素としてクロムニッケルモリブデンなどを含む鋼は徐冷してもマルテンサイトが生じる。体心正方晶あるいは体心立方晶のマルテンサイトが生じる場合,格子型の変化は変態領域の外形をかなり大きく変化させるので,転位や双晶による塑性変形(格子不変変形)が生じなければならない。そのためマルテンサイト変態には大きな過冷が必要となる。炭素,窒素を含む鋼のマルテンサイトは,それらの元素が無理な格子位置にとどまることによる格子ひずみや,変態後に生じる炭素,窒素の転位や双晶(格子欠陥)への偏析,あるいは析出などによって,硬くてもろくなる。双晶が少なく,おもに転位からなるマルテンサイト,とくに炭素,窒素が少ない鋼のマルテンサイトは粘さを有し,高強度高靱性(じんせい)鋼に利用される。応力下では応力が変態に伴う変形を助けるので,応力がかからないときのマルテンサイト変態点(マルテンサイト変態の開始する温度。MS点)より高い温度でもマルテンサイトが生じる場合がある。組成,加工条件,熱処理条件をうまく選ぶと,材料の変形中にマルテンサイト変態が適当に生じて,応力集中部の応力を緩和するなどして破断までの塑性を増加させることができる。この現象は変態誘起塑性transformation induced plasticity(略称TRIP)と呼ばれ,超強力鋼や低温用鋼の強靱化に利用されている。18-8ステンレス鋼や高マンガン非磁性鋼など,いわゆるオーステナイト鋼では,体心立方(あるいは体心正方)格子のαマルテンサイトのほかに最密六方格子のεマルテンサイトが生じる。

非鉄金属の場合はソフトマルテンサイトというが,一般に格子不変変形に要するエネルギーが少ないので変態に必要な過冷度が小さく,格子不変変形も多くは双晶で生じる。一度生じた鉄合金のマルテンサイト晶は温度を低下させても成長しにくいが,銅-亜鉛合金,ニッケル-チタン合金,金-カドミウム合金などのマルテンサイト晶は,温度の低下により得られる変態の駆動力と成長に必要な弾性エネルギーをバランスさせながら成長する。こうした挙動を熱弾性マルテンサイト変態と呼ぶ。また,これらの非鉄合金では,マルテンサイトを塑性変形させてから加熱すると再び元の形状に戻る形状記憶効果や,かなり大きな変形を与えても荷重を取り除くと元に戻る超弾性現象などがみられ,医用,宇宙開発用など多くの分野での応用が期待されている。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「マルテンサイト」の意味・わかりやすい解説

マルテンサイト
martensite

鋼を高温から比較的速い速度で冷却したとき,拡散を伴わずに生じる組織。鋼の焼入れの効果はこの組織の出現量で判断される。その硬さは主として炭素量によって決り,金属元素の量,種類にはあまり関係しない。炭素量が約 0.2%以上のマルテンサイトの結晶は体心正方格子であるが,それが急冷により炭素原子が動く間のないうちに面心立方格子のオーステナイトから体心格子に「ずれ」 (格子変態) を生じる結果と考えられている。体心格子は面心立方格子より原子密度が小さく,したがって変態の際は膨張するので,そのためのひずみを緩和するために,マルテンサイト中には転位や双晶が多く導入される。炭素量が少く Ms 点が室温以上の場合には,主として転位からなるマルテンサイトとなる。オーステナイトのマルテンサイト化には一定以上の冷却速度が必要なので,それをマルテン化の臨界冷却速度といい,CCT曲線図から求められる。ニッケル,クロム,マンガンなどは臨界速度を小さくするので,その合金鋼は冷却が遅くても焼きが入り,焼割れの危険が少い。マルテン化温度は一般に Ar″と記し,その開始終了の温度範囲の上限を Ms下界を Mf と記す。鋼種によっては温度変化でなく加工変形でマルテン化するものがあり,その上限温度を Md と記す。たとえば 18-8ステンレス鋼の Ms常温以下だから変態させるには深冷処理が必要であるが,Md は常温以上なので強加工すれば常温でもマルテン化する。これを加工誘起変態という。マルテンサイト組織を低温で焼戻すとトルースタイトソルバイトなどの組織となり,強度が低下し靭性を増す。焼入れ,焼戻しの処理と効果には微妙な点があり,工具や刃物の熱処理が重視されるのはそのためである。マルテンサイトの名称はドイツの鉄鋼学者 A.マルテンスにちなむ。ハットフィールド鋼などの高 Mn 鋼や,オーステナイト系のステンレス鋼では,体心格子のマルテンサイト (マルテンサイトα′) とともに稠密六方晶のマルテンサイト (マルテンサイトε) も生じる。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「マルテンサイト」の意味・わかりやすい解説

マルテンサイト
まるてんさいと
Martensite

ドイツの金属学者アドルフ・マルテンスを記念する顕微鏡組織の名称であり、本来は、鋼を焼き入れたときに生成するきわめて硬い組織を意味した。しかし近年では、鋼だけでなく、チタンや銅などの合金、あるいはジルコニアやシリカなどのセラミックスの組織でも、「マルテンサイト変態」によって生成したものすべてをマルテンサイトと総称するようになった。

 マルテンサイト変態と通常の変態の相違を説明すると次のようになる。まず、通常の変態では、結晶を組んでいる各原子が周囲の原子との結合を断ち切って、別種の結合形式の結晶に組み込まれることによって変態が進行する。この場合、各原子が個別に活動しなければならないので、ある程度以上の温度でないと変態がおこらない。一方、マルテンサイト変態では、結晶を組んでいる原子の集団が将棋倒しのように一斉に動いて、新しい結晶に生まれ変わるので、室温以下の低温でも変態が進行する。しかも、原子相互の配置関係が変態の前後で変わらないので、変態が可逆的に進行することが多い。ニッケル‐チタン合金などの形状記憶材料(温めると変形前の形状に戻る材料)は、マルテンサイト変態の可逆性を利用したものである。

[西沢泰二]


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化学辞典 第2版 「マルテンサイト」の解説

マルテンサイト
マルテンサイト
martensite

鋼をオーステナイトが安定な高温から急冷し,パーライトへの共析変態を阻止すると,顕微鏡で見て微細な組織が形成される.この組織名をA.Martensにちなんでマルテンサイトとよぶ.マルテンサイトは拡散変態のように原子が個別的に移動して新しい結晶が生成するのではなく,オーステナイト結晶を形成する原子の連携運動により形成される.このためマルテンサイト変態は無拡散性,表面起伏を伴い,内部に多数の格子欠陥を含むという特徴をもつ.このような特徴をもつ変態は鉄合金以外の固相変態にも多数存在する.マルテンサイトへの変態開始温度は,合金の組成で決まっている.炭素鋼では変態時に大きな体積膨張を伴う.炭素鋼のマルテンサイトは過飽和に炭素を固溶したフェライトとみなすことができるが,炭素が0.6質量% 以上では形成されるマルテンサイトは体心正方晶となる.マルテンサイトの硬さは炭素量が増加するとともに0.8質量% までは急激に増加し,それ以後飽和する傾向を示す.

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百科事典マイペディア 「マルテンサイト」の意味・わかりやすい解説

マルテンサイト

オーステナイト状態の鋼を焼入れしたとき生ずる組織の一つ。結晶構造は体心立方格子で,炭素が過飽和に固溶している。焼入れ鋼の組織の中で硬さが最も大きく,もろい。非鉄合金のマルテンサイトは形状記憶合金となる。
→関連項目オーステナイト

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