古代エジプトにおいて測量の技術より得られた図形に関する経験的知識はギリシアにもたらされて,論理的に整理されて体系化され,幾何学となった。ユークリッド(前300ころ)はこれを集大成して《ストイケイア(原論)》全13巻を編んだ。ユークリッド幾何学とは本質的にこの著作に述べられている幾何学のことである。これは中学校や高校で学習する図形に関する性質をおもな内容としていて,初等幾何学とも呼ばれている。《ストイケイア》は若干の命題を公理として仮定し,これらより論理的に正しい推論だけによって得られる命題を定理とする。これらの公理のなかに,第5公準と呼ばれる次のものがある。〈一つの直線が二つの直線と交わり,その一方の側にできる二つの角を合わせて2直角より小さくなるときは,それらの二つの直線をどこまでも延長すれば,合わせて2直角より小さい角の側で交わる〉(図)。これは重要な公理で,〈三角形の内角の和は2直角である〉という命題や,平行線の公理と呼ばれる〈直線外の1点を通ってこの直線に平行な直線はただ一つに限る〉という命題と同値であり,三平方の定理もこの公理なしでは証明できない。ところで第5公準は,その陳述,内容よりして,公理よりはむしろ定理のように感じられるので,この公準は後世にいろいろの批判をうみ,長い間の苦闘の末,19世紀前半にはこの公準を否定する幾何学が生まれた。すなわち,〈平面上で,直線外の1点を通ってこの直線に交わらない直線は無数にある〉と仮定してもなお矛盾のない幾何学がりっぱに組み立てられることがN.I.ロバチェフスキー,ボーヤイJ.によって発見された。ユークリッド幾何学は,非ユークリッド幾何学と呼ばれるこの新幾何学に対することばとして,それは平行線公理をみたす幾何学という意味をもつ。19世紀後半になると,射影幾何学をはじめいろいろの幾何学が発見され,幾何学とは何かということが問題となった。F.クラインは有名なエルランゲン・プログラムでこれに答えて,〈一つの空間Sとその上の一つの変換群Gを与えたとき,Sの図形の性質のうちGのすべての変換で不変なものを研究することにより一つの幾何学が定まる〉とした。この考えを採るとき,ユークリッド幾何学は三次元空間R3とその上の合同変換群(広義には相似変換群)によって定まる幾何学であるといえる。19世紀後半には,また,《ストイケイア》も細かく検討すると完全無欠な論理体系といえないことが気づかれ,ついにD.ヒルベルトの《幾何学基礎論》(1899)において《ストイケイア》の完ぺきな再構成がなされた。そこでは点,直線,平面に関し,結合公理,順序公理,合同公理,平行線公理,連続性公理と呼ばれる5群の公理が設定されている。これによりユークリッド幾何学とはこれらの公理系から導き出される論理体系であると規定できることとなった。現今ではユークリッド幾何学は,平面R2や三次元空間R3に限らず,n次元ユークリッド空間Rnにおいて展開されている。
→幾何学
執筆者:中岡 稔
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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…上の仮定のもとでは三角形の内角の和は2直角より小さくなるが,球面幾何学と多くの類似点をもつ幾何学が構成されることが示されたのである。このように平行線の公理を否定した命題を仮定した幾何学を非ユークリッド幾何学といい,それに対して《ストイケイア》に見られるような幾何学をユークリッド幾何学という。ガウス自身大きな三角形について実測し,その内角の和と2直角との差を調べたが,それは誤差の範囲内にあって,現象空間でどちらの幾何学が成り立つかについての結論は得られなかった。…
※「ユークリッド幾何学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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