単色光を気体、液体または固体に当てたとき、散乱光の中にわずかに波長の違う光を生ずる現象。1928年インドの物理学者C・V・ラマンによって発見された。散乱光の中のおもな成分は、入射光と同じ波長をもっており、レイリー散乱光とよばれる。ラマン効果の原因は、照射された物質の分極率が、物質中の原子の振動や回転運動によって変動しているためで、入射光と物質とでつくられた状態がそれらによって変調された結果、散乱光の中に振動数の違った成分をもつようになったのである。一般にラマン散乱光の波長は入射光の波長より長い。これをストークス光という。しかし、物質の温度が高い場合には、入射光より短波長の散乱光を生ずる場合もあり、アンチ・ストークス光とよばれる。
ラマン散乱における波長の変化、すなわち振動数の変化は、散乱の際に入射光の光子のエネルギーに振動・回転の量子エネルギーが付加または除去されたためで、その量子エネルギーが熱エネルギーに比べて大きいときには、物質からそのエネルギーが光のエネルギーに変換される確率はきわめて小さく、光のエネルギーが物質のほうに与えられるストークス光のみが観測される。ラマン散乱光の振動数変化量は、振動(または回転)量子エネルギーを示しているので、分子振動や固体中のフォノン(音子)の研究に利用される。ラマン・スペクトルはこの意味で赤外吸収スペクトルと同種の研究手段であるが、選択則が違うため両者は相補的な関係にある。レーザーの出現によってきわめて精密な実験が可能となり、ラマン散乱は赤外吸収スペクトル以上に広く活用されている。
入射光の強度が強くなると、散乱光による誘導放射がおこるようになり、散乱光の強さが急激に増加する。これを誘導ラマン効果という。また入射光の波長が物質の吸収線の波長に近づくと、ラマン光の強さを増す。これを共鳴ラマン効果という。さらに、金、銀、銅などの金属表面に吸着した分子種で、ラマン散乱強度が通常から106倍程度の増大がみられる。これを表面増強ラマン効果という。
[尾中龍猛・伊藤雅英]
『浜口宏夫・平川暁子編『ラマン分光法』(1988・学会出版センター)』
単色光(振動数ν)を物質に照射したときの散乱光のうちに,レイリー散乱光(ν)のほかに,その物質に特有な振動数 ν0 だけνからずれた,(ν ± ν0)なる振動数の光がまざってくる現象をいう.1923年,A. Smekalにより,分子と光子との非弾性散乱として起こりうることが予言されていたが,1928年,C.V. Raman(ラマン)によりはじめて実測された.ラマン効果による散乱光のスペクトルをラマンスペクトル,そのスペクトル線をラマン線という.同じ ν0 のずれを示す二つの線のうち,ν - ν0 をストークス線,ν + ν0 を反ストークス線といい,反ストークス線は ν0 の値が増すにつれて急激に弱くなる.ラマン光は分子の振動,回転などのエネルギー準位間の遷移を伴った散乱光であって,ν0 はその遷移エネルギーに対応する振動数である.ラマン線の強度は,振動や回転にもとづく分子分極率の変化率によって決まる.したがって,赤外スペクトルとは一般に相反する傾向の選択則に従うから,赤外吸収とラマン効果とは,分子の振動,回転スペクトルの研究において相補的な役割をする.また,ラマン線の偏光解消度を測定すると,分極率変化の異方性に関する知識が得られるが,これは分子振動の帰属についての有用な情報となる.ラマン効果を測定するための励起用単色光源として,以前は水銀のスペクトル線が多く用いられ,散乱光の観測は写真測定によるのが一般的であったが,近年は種々のレーザーが好適な励起光源として用いられるようになり,微弱光測定技術の発展とあいまって,測定面での進歩はいちじるしい.赤外吸収スペクトルとともに分光分析の手段として広く用いられ,とくに前者に比べて水溶液での測定が容易であること,また遠赤外吸収に対応する低振動数のラマン線が測定しやすいなどの利点もある.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
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…ラマン散乱は,1928年にC.V.ラマンによって初めて観測されたもので,単色光を媒質に当て,その散乱光を観測すると,入射光と同じ振動数の散乱光に混じって,入射光と少し異なる振動数の散乱光が見られた。これは入射光のエネルギーの一部が散乱媒質に吸収されたり,逆に媒質からエネルギーを受け取ったりするために起こるもので,ラマン効果と呼ばれる。この際,媒質のエネルギー準位間の差に等しいエネルギーのみを授与するので,散乱光の振動数のずれから,媒質のエネルギー準位に関する情報が得られる。…
…22年の《光の分子回折》と題する論文で,空の色が空気の分子による光の散乱で説明できるのとまったく同様に,海の色も水の分子による光の散乱で説明されることを示した。また23年には共同研究者の一人K.R.ラマナタンが,入射光と波長の異なる散乱光を発見したのをきっかけに,実験装置の改良によって,その散乱光の中に,散乱媒質による固有の振動数差をもつ光が混じってくることを確認し,28年に発表,さらにボーアの対応原理を用いてこの現象(ラマン散乱あるいはラマン効果と呼ばれる)を説明した。ラマン散乱の発見により,写真乾板の感光領域の限界外にある,分子の振動スペクトルや回転スペクトルの分析ができるようになり,散乱媒質の化学構造決定も可能にした。…
※「ラマン効果」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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