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リュビーモフ リュビーモフ Lyubimov, Yurii Petrovich

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

リュビーモフ
リュビーモフ
Lyubimov, Yurii Petrovich

[生]1917.9.30. ヤロスラブリ
ロシアの俳優,演出家。 1940年ワフタンゴフ劇場付属のシチューキン演劇学校を卒業,40~47年軍務についたのち,母校の教壇に立ち,学生たちの卒業公演で B.ブレヒトの『セチュアンの善人』を演出して注目された。

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百科事典マイペディアの解説

リュビーモフ

ロシア(ソ連)の演出家。ワフタンゴフ劇場付属演劇学校を卒業後,俳優を経て演出家となる。モスクワタガンカ劇場を主宰し,メイエルホリドワフタンゴフブレヒトなどの革新的手法をとりいれた大胆な演出を行う。
→関連項目シュニトケ

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世界大百科事典 第2版の解説

リュビーモフ【Yurii Petrovich Lyubimov】

1917‐
ロシアの演出家。モスクワのタガンカ劇場を主宰したことで知られる。1940年にワフタンゴフ劇場付属の演劇大学を卒業し,学生時代から舞台に立っていた同劇場の俳優になるが,すぐ第2次世界大戦がはじまり47年まで軍隊勤務。除隊して同劇場に戻り俳優生活がはじまる。同時に付属シチューキン演劇大学で俳優教育にも当たったが,63年に同大学の卒業公演でブレヒト《セチュアンの善人》を演出して演劇界で評判となり,翌年4月タガンカ劇場に入った。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

リュビーモフ
りゅびーもふ
Юрий Петрович Любимов Yuriy Petrovich Lyubimov
(1917―2014)

ロシアの演出家、俳優。ヤロスラブリに生まれる。1939年ワフタンゴフ劇場付属シチューキン演劇大学卒業。数年間の軍隊勤務ののち、ワフタンゴフ劇場の舞台に立ち、母校で教鞭(きょうべん)をとり、卒業公演で上演したブレヒト作『セチュアンの善人』が大成功を収めた。1964年に教え子たちを率いてタガンカ劇場を創設、『世界をゆるがした十日間』(1965)、『母』(1969)、『夜明けは静かだ!』(1971)、『ハムレット』(1972)、『三人姉妹』(1982)などの名舞台を演出。メイエルホリド、ワフタンゴフ、タイーロフらの遺産を復活させ、世界の前衛劇の手法を取り込んだ演出は、ひとつひとつが舞台表現の新しい実験となり、体制批判の色彩を帯びていた。1981年に劇団員とともに構成した『ウラジーミル・ビソツキー』、1982年にプーシキン作『ボリス・ゴドゥノフ』を演出、いずれもただちに上演禁止となった。1983年、『罪と罰』演出のために訪英の際、自分の演出作品3本を当局が認めなければ帰国しないと宣言、翌年にタガンカ劇場主任演出家の地位を解任され、市民権を奪われた。その後、欧米で演出活動を行い、1988年5月に10日間モスクワに戻って『ボリス・ゴドゥノフ』を復古上演した。1989年にはソ連国籍を回復した。ソ連崩壊後は、1997年『カラマーゾフの兄弟』を脚色、演出した。[中本信幸]
『アレクサンドル・ゲルシコヴィチ著、中本信幸訳『リュビーモフのタガンカ劇場』(1990・リブロポート)』

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世界大百科事典内のリュビーモフの言及

【タガンカ劇場】より

…ロシア,モスクワにある劇場。1964年スターリン批判後の自由化の雰囲気の中で,演出家リュビーモフを中心にワフタンゴフ劇場付属演劇大学卒業の若い俳優によって創立された。社会主義リアリズムが確立されていくなかで,形式主義と批判されていたメイエルホリドなど,1920年代のソ連前衛芸術の方法を大胆に復活,発展させ,共産主義をその原点に立ち返った視点から見直す厳しい現状批判の演劇活動を展開し,その演劇的活力は世界的に注目を集めている。…

【ロシア・ソビエト演劇】より

…例えば当代の代表的演出家トフストノーゴフ,エフレーモフ,エーフロスにしても,スタニスラフスキー・システムを信奉する立場は同じだが,手法や作風はそれぞれ驚くほど違う。タガンカ劇場Moskovskii teatr dramy i komedii na Tagankeを創設したリュビーモフは,メイエルホリドやワフタンゴフの手法を取り入れて,写実にとらわれない舞台の表現法を確立した。ソビエト製ロック・ミュージカルに固執しているザハーロフMark Anatorievich Zakharov(1933‐ )のような演出家もいる。…

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