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中河御厨 なかがわのみくりや

百科事典マイペディアの解説

中河御厨【なかがわのみくりや】

美濃国安八(あんぱち)郡に設定された伊勢神宮領の御厨(みくりや)。現岐阜県大垣市中川町を遺称地とする。《天台座主記》によると,1122年当御厨を延暦(えんりゃく)寺領平野(ひらの)荘(現岐阜県神戸町)の加納とするよう,延暦寺中門堂衆が朝廷に訴えている。

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世界大百科事典 第2版の解説

なかがわのみくりや【中河御厨】

美濃国安八郡に設定された伊勢神宮(内・外宮)領の御厨(現,岐阜県大垣市中川)で,成立は嘉承(1106‐08)以前。《神宮雑例集》に〈美濃国五十戸,保元院宣中河御厨をもって,済所となす〉とあり,美濃国の神宮領封戸(ふこ)が保元(1156‐59)の院宣によって便補(びんぽ)され,中河御厨が済所となったことがわかる。建久3年(1192)8月の伊勢大神宮神領注文(《神宮雑書》)に〈中河御厨(二宮上分絹廿疋) 給主左兵衛督家(一条能保)〉と見え,源頼朝の妹婿一条能保がかかわっていたことがわかる。

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