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丸山教 まるやまきょう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

丸山教
まるやまきょう

富士講系の宗教団体。元禄年間 (1688~1704) に興った山岳宗教の丸山講社をその前身とする。江戸時代末期から明治初期に,伊藤六郎兵衛を教祖とし,隆盛をみた。 1874年富士一山教会 (のちの扶桑教 ) に合したが,のち分離,神道本局に属した。

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デジタル大辞泉の解説

まるやま‐きょう〔‐ケウ〕【丸山教】

教派神道十三派の一。山岳信仰を中心とした教派。近世の丸山講を基盤に明治維新後伊藤六郎兵衛が教団化したもの。最初扶桑教の傘下に入り、次いで神道本局に属し、昭和21年(1946)神道大教から独立した。

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世界大百科事典 第2版の解説

まるやまきょう【丸山教】

富士信仰をふまえ伊藤六郎兵衛(1829‐94)が明治初期に創唱した世直し的性格をもつ宗教。伊藤は武蔵国橘樹(たちばな)郡登戸に生まれ,3度の大病が富士講の祈禱と信仰で全快したため富士信仰に熱中。1870年重病の妻サノが全快した後,六郎兵衛が神がかりをし,神の声を聞くようになった。四身の修行と七身の修行をなし,爪立行,食行,烟(けむり)行,水行をかさねて丸山講の指導者となり73年開教,〈登戸の生き神行者〉との評判をとった。

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大辞林 第三版の解説

まるやまきょう【丸山教】

神道教派の一。富士講の流れを汲み、元禄年間(1688~1704)に伊藤録祐が創唱。宝暦年間(1751~1764)その孫伊藤六蔵が丸山講社と命名。伊藤六郎兵衛の時、富士山教会(のちの扶桑教)に加わったが、その後離脱し神道本局に属した。1946年(昭和21)宗教法人として独立。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

丸山教
まるやまきょう

神道(しんとう)教団の一つ。伊藤六郎兵衛(ろくろべえ)を教祖とする。明治初期に修行によって神秘的力を得たとされる六郎兵衛を中心として講が結成されたのが始まり。浅間(せんげん)神社宮司宍野半(ししのなかば)の勧めで1874年(明治7)富士一山講社に加入。ついで1882年に神道扶桑(ふそう)派が一派独立、扶桑教となると、その傘下教会となる。1885年には扶桑教を離脱し、神道本局の所属となり、丸山教本院と称して布教、第二次世界大戦後丸山教として独立した。山岳信仰が基盤であるが、世直し思想も加わり、関東を中心に急激に信者を増やした。しかし、1894年に六郎兵衛が死去すると、教勢はしだいに衰えた。現在はごく小さな教団となっている。本部は川崎市多摩区登戸(のぼりと)。教会数76、その他28、教師数467、信者数1万1048(『宗教年鑑』平成26年版)。[井上順孝]

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世界大百科事典内の丸山教の言及

【富士信仰】より

… 江戸時代には,修験道の色彩を弱め,民間信仰の富士講が中心となり,富士講の一派が不二道(ふじどう)となって,倫理観の高い教理をうち出した。明治時代になって,富士講は教派神道十三派の神道扶桑(ふそう)教,実行教,さらに丸山教の三つの教団に分かれたが,現在もなお富士登拝の習俗はつづけられている。
[富士登拝の習俗]
 富士登山の伝説では,役行者(えんのぎようじや)を最初とすることから,富士山に対する修験道の影響が深いことはたしかである。…

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