改訂新版 世界大百科事典 「人神」の意味・わかりやすい解説
人神 (ひとがみ)
人間の霊魂が神化した状態で,人が神としてまつられる現象を前提として成立した神格。人の神化に際しては,(1)人が死後神になる場合と,(2)人が生前に神としてまつられる場合とがある。(1)の場合,人の霊が生前に怨念をもったまま死んで御霊(ごりよう)となることが一つの契機となっている。古代社会によく見られた政治的争いに敗れた貴族が,死後怨念をたたりとして発現させ,そのたたりを鎮めるために神にまつったという事例がある。たとえば菅原道真の御霊が雷と化し,落雷して藤原氏にたたりをなしたことは有名で,後に道真の霊は天神にまつられるに至っている。古代社会では天変地異や悪疫流行の原因が御霊であるとみなされ,御霊を鎮めて和霊にした後,神殿の中にまつりこめ,代々崇敬するという経過をたどっている。江戸中期ごろから頻発した一揆の指導者たちは,捕らえられて処刑されたが,死後義民として顕彰されたが,そのなかで神化した事例も多い。これは処刑されたおりに,この世に怨念を残し,そのたたりが,虫害となり稲の凶作をもたらすと信じられたためである(御霊信仰)。
(2)の場合,一時的に神がかりした状況を神化とみなす場合がある。特定の神霊がその人にとり憑(つ)いたとき,神の託宣を行うのは巫女や行者であり,一般にシャーマンと考えられている。シャーマンの場合,一時的に人神に化しても,しばらくすると元の人間に戻っている。それに対して,恒久的に神化した概念とされるのが現人神(あらひとがみ)である。これは神霊を体現した人という意味であるが,しばしば強烈な霊の保持者に対する尊称として使用されていた。たとえば祭司や呪術師などが俗界を離れて,ひそかに神聖な儀式を修していると,一時的に人神に化していると思われ,それはやがて永続的に神霊が宿ったものと認識されるのである。部族社会の酋長や王の事例がそのことを示しているが,そのほかにも,新宗教の教祖信仰の中にも,そうした観念のうかがえる例もある。
執筆者:宮田 登
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報