刑事裁判において,犯行の目撃者などAがみずから公判廷で証言することなく,Aから話を聞いたBが証人としてその内容を供述し(いわゆる〈また聞き〉の供述),あるいはAの供述を記載した書面が提出されるとき,それらを伝聞証拠という。すなわち,被告人の反対尋問の機会にさらされていない供述証拠である。このような伝聞証拠は原則として証拠能力をもたない,つまり犯罪事実の認定やその他の重要な事実の認定のための証拠としては利用されえない(伝聞法則)。
供述証拠は,一般に,知覚,記憶,表現,叙述という心理的な経過をたどっており,そこにはさまざまな主観的要因が加わるため,その証明力の判断にはしばしば困難が伴う。したがって,供述に含まれる疑問点や不明点,あるいは誇張や歪曲を吟味し批判する機会を当事者に与えることが,公正な裁判の実現にとって不可欠であると考えられるのである。これは英米法において発展してきた重要な証拠法則であるが,日本においても,戦後,憲法が被告人の証人審問権を保障するに至った(日本国憲法37条2項)のをうけ,その基本的な思想が導入された(刑事訴訟法320条1項)。なお,ヨーロッパ大陸の法制には,裁判所が直接取り調べた証拠だけが事実認定の基礎となりうるという直接主義の原則がある。そこでは,伝統的に,裁判官の職権的な尋問と自由な心証による事実認定という考え方が強く(自由心証主義),当事者の反対尋問を保障するという見地から立証の資料を限定するという志向が生まれることはなかった,といえる。
しかし伝聞法則にも例外はある。日本の法制では,伝統的な調書重視の意識が強く働き,例外の範囲はかなり広いものとなっている。捜査過程で作成された供述調書が大幅に証拠採用されるという実務の姿は,その顕著な表れである。例外の認められるのは,証拠としての必要性が高く,かつ,供述が得られた経緯からみてその信用性が一般的に保障されるような外部的情況が認められる場合である(321条以下)。
なお,ある供述が伝聞証拠となるかどうかは,何を立証しようとするのかという視点から相対的に決められる。例えば,〈“AがBから100万円を詐取した”と甲が言っていた〉と乙が供述する場合,この供述をAの詐欺罪の証拠として用いるときには伝聞となるが,甲のAに対する名誉毀損罪の証拠として用いるときには伝聞とならない。すなわち,原供述の内容たる事実の存否が要証事実であるときには伝聞となり,原供述の存在すること自体が問題となるときには非伝聞となるのである。
執筆者:米山 耕二
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裁判所の面前での反対尋問を経ない供述証拠。反対尋問を経ない供述証拠には2種類がある。一つは、たとえば犯行の目撃者の目撃供述を聞いた者が、その聞いた内容を公判期日で供述するような場合であり、原供述者(犯行目撃者)に対する反対尋問ができない供述証拠である。もう一つは、たとえば犯行の目撃者が目撃内容を公判期日で供述するかわりに書面としたような場合であり、この場合も原供述者(犯行目撃者・書面作成者)に対する反対尋問ができない供述証拠である。このような反対尋問を経ない供述証拠は、その信用性に疑問が残るので、原則として、事実認定の証拠とすることはできない(刑事訴訟法320条1項)。これを伝聞禁止の原則または伝聞法則という。この原則は、憲法第37条第2項前段の「刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ」る、に由来する。
ただし、証拠としての利用が禁止される伝聞証拠とは、その証拠によって供述内容をなす事実の真実であることを証明しようとする場合であって、そうでない場合には伝聞証拠とはいえないので、伝聞法則の適用外となる。たとえば、証人Aが、公判期日において、「Bが『Cは窃盗犯人だ』と言っていた」と供述した場合に、この供述証拠によって証明しようとする事実(要証事実)がCの窃盗行為である場合には、Aの供述は伝聞証拠であるが、これに対して、要証事実がBのCに対する名誉毀損行為である場合には、Bの発言自体はAが直接体験した事実であるから伝聞証拠とはならない。
なお、伝聞禁止の原則には、広い範囲で例外(刑事訴訟法321条~328条)が認められており、この例外要件を備えた伝聞証拠には証拠能力が認められている。このような伝聞例外が認められるのは、反対尋問にかわる信用性の情況的保障があり、かつ、証拠とする必要性が認められるからであるとされている。また、簡易手続である即決裁判手続においては、被告人または弁護人に証拠とすることに異議がないかぎり、伝聞証拠を用いることができ(同法350条の2)、これは簡易公判手続においても同じである(同法320条2項)。
[田口守一]
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